マルク・シャガール、ルネ・マグリッド、フランシス・ピカビアら、美術史を彩る巨匠らが描いた恋人たち。好評開催中の「LOVE展:アートにみる愛のかたち」のセクション2「恋するふたり」でご覧いただくことのできる3人の作品について解説します。
20世紀を代表する画家であるマルク・シャガール。1900年代のロシアや1920年代のパリ、第二次世界大戦の戦火を逃れて向かったアメリカなど、活気あふれる都会に惹きつけられる一方で、その心と作品に常に存在し続けていたのは、故郷であるヴィテブスクの風景と、そこで営まれるユダヤの人々の慎ましやかな生活、そして最愛の妻であり最良のモデルであったべラの存在でした。
本展に出品されている《町の上で、ヴィテブスク》(1915)と《ヴィテブスクの冬の夜》(1947)は、どちらもその小さな町を舞台に愛し合うシャガールとベラの姿が描かれています。1915年、ふたりは結婚し、この頃からシャガールの作品には、抱き合いキスをする恋人たちが町の上空を浮遊する光景や、結婚がモチーフとして多く登場します。シャガールは天にも昇るような夢見心地の幸せな気分を、重力を超えて浮遊するふたりとして表現したのです。しかし一方で、2つの大戦とユダヤ人に対する迫害という作家が目撃した激動の時代を考えたとき、このモチーフは戦火からの逃避行のようにも見えるのです。
ルネ・マグリットはシュルレアリスムにおける重要な画家で、その作品は現在においてもなお見るものに奇妙な不思議さと困惑を与えます。マグリットは作品についての象徴的あるいは精神分析的な解釈を強く拒否し、彼自身の言葉によると、「それなしには世界が存在しないような謎を喚起するイメージ」を描いているといいます。
本展出品作である《恋人たち》(1928)では、ヴェールを被った男女がキスをしています。ヴェールのイメージは、彼が14歳のときに入水自殺した母が、発見された際に頭部を布に覆われていたことに由来するとも言われていますが、マグリット自身がこのような憶測を拒否することは想像に難くありません。ただここに描かれている顔を覆われた男女の、幸せそうであるというよりはむしろ不気味なイメージから喚起される謎こそが、この絵画の表すすべてなのです。
フランシス・ピカビアは「印象派の時代」、「機械の時代/ダダの時代」、「具象の時代」など、常に変化を遂げた画家、詩人です。印象派風の絵画を発表した20代前半ですでに注目を浴び、その後1910年代にマルセル・デュシャンらとともに、ニューヨークへダダイズムをもたらしました。しかし、「追随されるための方法とはただひとつ。誰よりも早く走ることだ」という自身の言葉が示すように、彼はその画風を変化させ、グループに属さない個人主義者、そして挑戦者でありつづけました。
出品作の《カップルの肖像》(c.1942-1943)は、それまでの華やかな状況から一転し、経済的にも困窮していた第二次世界大戦中に制作されました。「具象の時代」と呼ばれる1940年から44年の間、ピカビアは大衆雑誌からイメージを抽出し、コラージュした絵画を制作していますが、本作もそのひとつです。別々のものを組み合わせていくことで、基になったモデルや構図が本来もっていた意味がすべて失われ、ピカビアの自由な発想の産物である新たな世界が生み出されているのです。
<関連リンク>
・六本木ヒルズ・森美術館10周年記念展
「LOVE展:アートにみる愛のかたち-シャガールから草間彌生、初音ミクまで」
2013年4月26日(金)-9月1日(日)
・1分でわかる「LOVE展」~アーティスト&作品紹介
(1)ジェフ・クーンズ《聖なるハート》
(2)ゴウハル・ダシュティ「今日の生活と戦争」シリーズ
(3)ナン・ゴールディン「性的依存のバラッド」シリーズ
(4)ジョン・エヴァレット・ミレイ《声を聞かせて!》
(5)フリーダ・カーロ《私の祖父母、両親そして私(家系図)》
(6)ジャン・シャオガン《血縁:大家族》
(7)草間彌生《愛が呼んでいる》
(8)シルパ・グプタ《わたしもあなたの空の下に生きている》
(9)初音ミク《初音ミク:繋がる愛》
(10)アルフレド・ジャー《抱擁》
(11)ロバート・インディアナ《ラブ》 & ギムホンソック《ラブ》
(12)ソフィ・カル《どうか元気で》
(13)シャガール、マグリッド、フランシス・ピカビアらが描いた恋人たち
(14)トレイシー・エミン《あなたを愛すると誓うわ》
(15)デヴィッド・ホックニー《両親》
(16)デミアン・ハースト《無題》