偶然が生み出す音楽を体感!デュシャン作曲の音楽が、一柳慧、有馬純寿、中川賢一の共演によって甦った一夜。日本では30年ぶりの再演。
スペシャル・サマーコンサート
「マルセル・デュシャンの音楽:音楽的誤植」再現上演 風景
撮影:御厨慎一郎
今回再現上演されたマルセル・デュシャン(1887―1968)の音楽作品《彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも:音楽的誤植》(1913年)は、マルセル・デュシャンが遺した二つの実験的な音楽作品のひとつで、デュシャンの代表作《大ガラス》の制作上のメモ、スケッチ等、93片がファクシミリ印刷で再現された《グリーンボックス》(1934年)の中に図表つきのインストラクションとして挿入されている。
今回の上演は、1981年高輪美術館「マルセル・デュシャン」展に際して日本初演された作品の、30年以上の時間を経た森美術館「フレンチ・ウィンドウ展」ヴァージョンでの再演ということになる。
デュシャンのインストラクションを基にソリッドに上演された初演とは大きく異なり、初演のプロデュースも手がけた作曲家一柳慧、昭和40年会のメンバーでもあるサウンドアーティスト有馬純寿、他分野とのコラボレーションも活発に展開しているピアニスト中川賢一によって、視覚的なライブ感に溢れ、複雑な音世界が拡がる現代的な解釈の上演となった。
ジョン・ケージ《マルセル・デュシャンのための音楽》から演奏はスタート。天井高のある森美術館の空間に2台ピアノ(自動ピアノ)、等身大の金属製の漏斗、トロッコが設置され、壁面のマルチスクリーンにはハンス・リヒターによるデュシャンの《ロトレリーフ》がモチーフとなった映像等が映された。
当時のピアノの鍵盤に対応する85音の数字を記入したボールを用意し、漏斗に投げ入れ、落下するボールをトロッコで受けながら、変則的な速度で引く。音高を示すボールの記号をその場で記譜し、その楽譜に基づいて演奏する。今回の上演では、音価、音色は演奏者に任された。作曲の過程を偶然性に委ねた、恐らく史上初めての、典型的なチャンス・オペレーションの作品だといえるだろう。
スペシャル・サマーコンサート
「マルセル・デュシャンの音楽:音楽的誤植」再現上演 風景
撮影:御厨慎一郎
トロッコで受けたボールを譜面に起こすスタッフ
撮影:御厨慎一郎
ピンポン玉、ゴルフボール、ビー玉など数種類が混ぜ合わされたボールは投入によって生じる金属音と、幾何学的な軌跡を描いて落下する映像がシンクロしつつ、パフォーマンスに立体的な表情を作り出していく。
待機していたスタッフによって記譜された楽譜は随時配布され演奏されるが、初演と大きく違う点はチャンス・オペレーションが、演奏途中に二度、三度行われたことだろう。その間、一柳の表情一つ変えないミニマルで硬質な演奏と中川のケレン味のある表情豊かなアクションが好対照をなしていた。
後半は、有馬の巧みな映像的・音響的バックアップによって、自動ピアノで再現された音も加わり、パフォーマンスも加速しつつ、全要素を動員しての即興演奏に突入した。
ジョン・ケージは1942年にデュシャンと出会い、作曲家として大きな影響を受けたとされている。しかし、ケージが最初に偶然性の音楽を作曲したのは1951年で、デュシャンの《音楽的誤植》から約40年の時間が必要だった。
表情一つ変えず演奏を続ける、一柳 慧
撮影:御厨慎一郎
ピアニストの中川賢一
撮影:御厨慎一郎
サウンド・アーティストの有馬純寿
撮影:御厨慎一郎
日本での初演から30年の時間差を埋めることは、デュシャン受容の変化のみならず、音楽シーンの変化、アートの在り方の現在を確認することにも繋がっている。今回の上演は、結果、デュシャンが発想した場所から遠く隔たりながらも、「現在」を演じることによって、「偶然性」の発明者デュシャンへの、ほぼ100年後からのオマージュともなっていたのである。
(文:北橋朋也)
<関連リンク>
・「フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線」
会期:2011年3月26日(土)~8月28日(日)
・アートコレクター西高辻信宏さんのフレンチ・ウィンドウ展、ご案内します。
第1回 ~デュシャンは、フランス現代アートの出発点
第2回 ~森美術館ならではの展示です
第3回 ~フランス現代アート、伝統の底力
・フレンチ・ウィンドウ展 アーティストに聞きました。「あなたにとって、マルセル・デュシャンとは?」
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