見慣れた風景も含め、あらゆる事象に価値や存在の意味を見出すことが現代美術の本質的な役割のひとつだとすれば、田中功起がまさにそれを実践していることを、今回のトークは再認識させてくれるものだった。
《soaps in their hands》
2008年
文化庁の新進芸術家海外研修でここ数年はロサンゼルスを拠点に活動しているアーティストの田中功起さんが、横浜トリエンナーレや「青山|目黒」(東京)での個展のために一時帰国するというので、「アージェント・トーク」の趣旨にのっとって(?)、彼の最近の仕事を中心にトークをしてもらった。今回の帰国中すでに各所でトークやディスカッションに参加している田中さんはアートを言葉にしていくことにも近年力を入れていて、他のトークやウェブART iTの連載「往復書簡」をフォローしている聴衆も多かったかもしれない。
展示風景:「関係ないけれど、なにか関連しえるもの」イエルバ・ブエナ・アート・センター(サンフランシスコ)、2010年
彼が紹介してくれた近作では、そのような世界の見方や意識の向け方を、田中さんがさまざまな人と共有しようとする姿勢も見られた。そこでは、多くの観客が無意識のうちに彼のたくらみにはまっている。サンフランシスコのイエルバ・ブエナ・アート・センターでの個展では、展覧会を見る順路が指定されておらず、観客が自ら鑑賞の物語を「編集」するような仕掛けがあったり、9人のヘアドレッサーが協働してひとりの女性の髪の毛を切ることで、美しさやカッコよさの価値が協議されたり、預かっていた友達の犬に動く彫刻(キネティック・アート!)を見せて人間以外のアートの価値基準を探ったり・・・。いずれもどこか珍妙な光景が小さな笑いを誘うのだが、そこで緩んだ固定観念の隙間に彼の作品は入り込んでくるのだ。
「青山|目黒」の個展でも見せている《someone's junk is someone else's treasure(誰かのジャンクは誰かの宝)》(2011年)は、風の強い日のあとロサンジェルスの路上にたくさん落ちている大きな椰子の枯葉を、フリーマーケットで売ろうとする変なアジア人(これ、アーティスト本人)の映像。地元のアーティスト風の人がアートの意味について語ったり、茶化す人や素通りする人がいたり・・・。市場価値の全くないものを売ろうとする行為は(しかも、アートの文脈ではないところで)、普通に考えれば無意味だが、それにどのような価値や多様な意味を見出す可能性があるのかを田中さんは丁寧かつ辛抱強く探っている。
《Someone's junk is someone else's treasure》
2011年
Created with The Box, Los Angeles
現代美術は、さまざまな価値や体験のレイヤーが重なり合うことで、より深淵なものになっていく。視覚的な体験、審美的な価値、それに至る技巧的価値、展覧会での空間的な体験、作品の歴史的、社会的、政治的な背景や文脈、個々の鑑賞者が持つパーソナルな価値など、それは多様なのだ。作品といっても、オブジェクトとして存在しているだけでなく、時には他者も巻き込んだ行為や、後には形としては残らないものなど、アートの形体も多様である。恐らく無意識のうちに融合されているこれらの価値の基準を、より意識的につまびらかにしていくことが、田中功起さんの実践のなかでは、いわゆる「作品」からワークショップやトーク、執筆活動まで一連のアクティビティを通して行われている。
一時帰国中、「予定外の飲み会も、すべて受け入れることにしています」という田中さん。朝まで飲みながら語り合っているんだろうな、と想像しつつ、想定外の事象を受容していくことのなかに新しい価値の発見があって、それをいつかまた作品を通して見られるんだろうなとも考える。
今の日本の現代アートに向けられた彼の視点も対談では少し聞けたのだが、それはまた別の機会にしっかりと言葉にしたいテーマでもある。
片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター)
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