2012年3月30日(金)

アート顧客拡大に向けたデジタル・メディアの効用法—英国テートの例

ブリティッシュ・カウンシルと共催にて2月11日(土・祝)に開催した「アージェント・トーク010」では、森美術館のような文化機関が共通して直面する「いかにアートのオーディエンスを拡大するか」という命題に対する回答としてのデジタル・メディア導入の是非を問い、また効用、課題などについて考察しました。今回のゲストは英国を代表するアート機関、テートのオーディエンス・アンド・メディア・ディレクターであるマーク・サンズ氏、そしてモバイルアプリの開発やソーシャル・ゲームなど観客参加型の手法を用い「遊び(Play)」の体験を生み出すことによって、テートやサウス・バンク・センターなどの機関ともコラボレーションを数多くこなしてきた英国のクリエィティブ集団「ハイド&シーク(「かくれんぼ」の意)を主宰するアレックス・フリートウッド氏の2名です。


英国を代表するアート機関、テートのオーディエンス・アンド・メディア・ディレクター マーク・サンズ氏

この時勢、美術館のような文化機関のみならず組織や事業体が独自のウェブサイトを持っていることは当たり前ですが、焦点はその使い勝手のよさ、わかり易さにあるとサンズ氏は言います。自らが目にした「世界中の美術館のウェブサイトが揃いもそろって最悪なのは、故意に良くないものにしているに違いない。とどのつまり、美術館の目指すところは物理的に(美術館へ)足を運ぶ人数を増やすことなのだ」という、あるオンライン・メディアによるコメントを紹介しつつ我々の問題意識をも喚起します。というのは、テート然り、文化機関としての大型美術館の使命は単に物理的な入館者数を増やすことのみでなく、アートを楽しむ層、関心を持ち理解しようとする層を拡大することにあります。アートは決して敷居の高いものでも、ある特定の人々のためにあるのでもないのです。


モバイルアプリの開発やソーシャル・ゲームを使ったプロジェクトを多数手がけるクリエィティブ集団「ハイド&シーク」主宰のアレックス・フリートウッド氏

実際に人々が美術館に足を運び作品を鑑賞することと、美術館側がeメディアを充実させることをきっかけに人々がアートと関わりを持ち始めるということは全く別だということに着目したテート。新たなオーディエンス層へのリーチに積極的に取り組むべく、ウェブサイトのリニューアルや、FacebookやツイッターなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)他、ありとあらゆるデジタル・メディアの活用により一般層=「潜在的」観客層とのエンゲイジメントを深め、アート/アーティストとオーディエンスとの関係性を変えようと戦略を立てます。

リアルな「展示スペース」に取って替わるほど大きな可能性を秘めていながらも、デジタルの世界は未知数。取り組みは試行錯誤の繰り返しだとサンズ氏は言います。それでも、デジタル・メディアの浸透性、即効性、公平性などを鑑みるとこれを活用しない手はなく、テートは組織全体でコミット。そこからは、定期的にそれぞれの部署と忍耐強く議論をしながら着実に前進している様子が伺えます。


近日リニューアルするという新しいテートのウェブサイトについて語るマーク・サンズ氏

オフラインとオンライン、ヴァーチャルとリアルなどの障壁を取り払うことを目標としているわけではなくとも、アート機関としてのテートは美術史的で学術的なことのみを一方的に提示して満足するのではありません。むしろ、これまでアートに関心がなかった人々にも何らかの形でアートを体験し、リラックスして楽しむことから理解に繋げてもらおうと挑戦を続けます。「アートを観ることは筋トレと一緒、観れば観るほど楽しくなる。そして自分なりに理解できるようになり、自身とアートとの間に何らかの結びつきが生まれる」というサンズ氏。確かに、以前にはなかった対話や新しいコミュニティがデジタル・メディアによってどんどん形作られていっているのは明らか。異国ではありますが、日本の森美術館にとっても、大変興味深い試みです。

(2012年3月現在、テートのツイッター・アカウントのフォロワーは57万人強、Facebook上でのテートのファンは34.6万人強。)

文:町野 加代子(森美術館プロモーション・イベント コーディネーター)

本トーク記録動画は以下のサイトにてご覧頂けます。
(日本語)http://www.ustream.tv/recorded/20370958 (English)http://youtu.be/zIzdfHsimjE
 

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