「フレンチ・ウィンドウ展」を共同企画したゲスト・キュレーターの三木あき子さんは、フランス、パリの16区にあるアートセンター「パレ・ド・トーキョー」に2000年以降在籍しつつ、世界各地で様々な企画を手掛けてこられました。2011年6月26日(日)に開催した「キュレータートーク」では、三木さんを迎えてフランス現代アートシーンの今、そしてマルセル・デュシャン賞の歴史や特徴と、コレクターが担う重要な役割について語っていただきました。
地方の時代から多様性の時代へ、1980年代から2000年代のパリのアートシーンとは?
話は、背景として21世紀におけるフランスのアートシーンについてから始まりました。三木さんご自身がアートの仕事に深く関わるようになった1980年代、フランスの現代アートシーンを喩えると「地方の時代」とでもいえると彼女は語ります。この時期、地方分権化政策が進んだことでリヨン、ボルドー、ディジョンなど地方都市での活動が活発に展開されるようになりました。1990年代になると、「寄港地としてのパリ」という展覧会が実際に開催されたように、中国や東欧出身のアーティストたちが再びパリに集まってきました。彼らは、当時、各地で発足した世界中の国際展で活躍するようになりました。
そして、マルセル・デュシャン賞が発足した2000年代は「ポリフォニー:新たなスペース、新たなプロジェクトによる多様な展開・共存・協力」の時代のように捉えられる、と三木さんは説明します。新たな美術館やアートの展示スペースが次々とオープンし、新しいプロジェクトが展開されました。公的機関では、「ル・プラトー」や「パレ・ド・トーキョー」、「MAC/VAL」といった施設が開館。そのほかにも、「ラ・メゾン・ルージュ」や「ラボラトワ―ル」といった個人財団や企業などが設立する民間のスペースも誕生しました。
文化省主催の大型展「La Force de l'Art 」(アート・トリエンナーレ:アートの力)が3年ごとに開催されたり、「MONUMENTA」展が発足し、新しいアートフェアやマルセル・デュシャン賞に続くような現代美術賞も、2000年代に次々と発足。さらには、古い美術品を所蔵しているルーブル美術館も、現代美術の企画に積極的に着手するようになり、ベルサイユ宮殿でも2008年から宮殿の内外で現代アートを展示する企画が行われるようになりました。
コレクターの声が反映されるマルセル・デュシャン賞
話題は、このような時代背景の中で誕生したマルセル・デュシャン賞へと移ります。本賞は、2000年に300名超の個人コレクターで構成されるADIAF(フランス現代美術国際化推進会)によって設立されました。ADIAFは、新世代のアーティストを支援し、フランスアートを国際的に紹介することを目的とした団体で、マルセル・デュシャン賞は国籍や年齢に関わりなく、フランス在住作家を対象としています。コレクターによってノミネートされた作家は、アートフェアFIACで作品が展示されます。そしてその中からADIAF代表と美術評論家などによって共同で選出されたグランプリ作家1名はポンピドゥー・センターで個展を開催することができるのです。公的組織と民間、コレクター、評論家のコラボレーションによって成り立っていること、アマチュアを含めコレクターの趣味や声が多大に反映されていることが本賞の興味深い点だと三木さんは言います。
個人コレクターの趣味が反映されている影響から、ノミネート作家には「フレンチ・ウィンドウ展」にも出展しているキャロル・ベンザケン、フィリップ・コニェなどの絵画作家も多くいます。また、大衆的な美学に言及し"悪趣味"や"オブセッション"を強く押し出す、リシャール・フォーゲやフィリップ・マヨーのような作家も見受けられます。このように、特別な傾向や動向を反映せずに、幅広いフランスのアートシーンを感じることができることもあるそうです。さらに、アルジェリアなどの旧植民地系、アフリカ系、本展出展作家で中国出身のワン・ドゥや東欧出身のアンリ・サラといった外国人作家の存在も同賞の見落とせない特徴です。
一方で、歴史の参照、特にモダニズムの再考にテーマを置くマチュー・メルシエ、シプリアン・ガイヤールのような作家や、工業的なものと手工業的なものを組み合わせたり、生の素材を用いるなど、新しい素材の可能性に取り組んだり、新たな芸術概念を拡大させようとするミシェル・ブラジー、サーダン・アフィフ、ドミニク・ゴンザレス=フェルステル、トーマス・ヒルシュホーンなどの重要な作家が紹介されました。
個人コレクターが文化大国の重要な鍵に
そして話題は、フランスにおける文化支援の推移へと発展していきます。文化活動は一般の利益にかなうものであり、国や地方自治体などの公的機関が支援すべきという考えから、フランスでは文化活動やアーティストの支援は、これまで主に官主導で行われてきました。2000年に入ると、個人コレクターが台頭し、同時にカルティエだけでなく、ゲラン、リカール、ポムリーなどファッションや酒造の一流ブランド企業もアート活動に活発に関わるようになっています。
最後に、今回のまとめとして三木さんは、「公的組織、民間の垣根を越えたネットワーク、協働によってさらなる可能性を広げていこうとする方向性が、近年のフランスの文化支援において顕著だといいます。「国だけでなく個人コレクターらも自らイニシアティブをとって、自国のアートシーンの発展、国際的な紹介活動に貢献しようとしているところに、文化大国といわれるフランスが成り立っている理由が見出せるのかも知れない」と語り、セッションは終了しました。
「フレンチ・ウインドウ展」は8月28日(日)まで開催中です。まだご覧になっていない方も、お見逃しなく!
<関連リンク>
・「フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線」
・「フレンチ・ウィンドウ展 アーティストに聞きました。「あなたにとって、マルセル・デュシャンとは?」
File01. マチュー・メルシエ
File02. ピエール・アルドゥヴァン
File03. トーマス・ヒルシュホーン
File04. カミーユ・アンロ
File05. クロード・クロスキー
File06. ヴァレリー・ベラン
File07. フィリップ・マヨー
・森美術館flickr(フリッカー)
展示風景「フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線」
展示風景「フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線」(2)
展示風景「フレンチ・ウィンドウ展:デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線」(3)