アジア経済の隆盛にともなって、この地域のアートの活動も活発化している。このアジアの「いま」と「むかし」をいかに繋げることができるのか?アージェント・トーク011では、サンフランシスコで欧米有数のアジアコレクションを所蔵するアジア美術館の館長ジェイ・シュウを迎えて、2008年以降の彼の挑戦について聞いた。
アージェント・トーク011 アジア美術館の館長ジェイ・シュウ氏
アジア美術館の所蔵品の核は、シカゴ出身の事業家として20世紀前半に財を成し、1952年から72年まで国際オリンピック委員会の会長を務めたアヴェリー・ブランデージ氏の個人コレクションだ。7,000点以上にも及ぶアジア美術のコレクションを、それらの公開を条件にサンフランシスコ市に寄贈。1966年にアジア美術館がゴールデンゲート・パークに開館した。
アジア美術館の所蔵品の核となる7,000点の美術品を寄贈したアヴェリー・ブランデージ氏
1994年にはサンフランシスコの市庁舎前のもと図書館の建物への移設が検討され、現在に至る。17,768点の所蔵品の中心は、中国美術6,900点、次いで日本美術5,200点。常設展示のギャラリーは、南アジア、西アジア、ヒマラヤ、東南アジア、中国、韓国、日本の七地域に分かれている。
サンフランシスコ アジア美術館
アジア美術館 7地域に分かれた常設展示室の様子
上海出身のジェイ・シュウは、メトロポリタン美術館、シカゴ・アートインスティテュートなどで東洋美術及び考古学の学芸員を経て、2008年、45歳でアジア美術館の館長に就任。以来、アジアの歴史的な美術や文化を現代に繋げるべく、さまざまな改革を実施してきた。そのひとつが昨年実現した新しいブランディングだ。刷新されたロゴの背景にある精神は、「新たな視点の提示、大胆さと自信、そしてあらゆる人を魅了するもの」だ。それは、「過去を覚醒し、未来をインスパイアする(Awaken the past. Inspire the next)」というブランディングの使命に裏付けられている。美術館のヴィジョンを語る彼の熱のこもったトークからは、アジア美術館とその収蔵品が伝える文化を、現代を生きるわれわれの実感にどう繋げていくのかという大きな課題に向けた強固な使命感と、その進むべき道に対する信念が明確に感じられた。
昨年刷新された新しいアジア美術館のロゴタイプ
そして、次のチャレンジが美術館全館を使ったアジアの現代アートの展覧会。縁あってこの企画を森美術館で受託することになり、2011年1月から共同で企画を進めている。タイトルは「Phantoms of Asia: Contemporary Awakens the Past」。5月18日が公開初日だ。アジア古代の宇宙観やスピリチュアリティを起点に、この地域で共有されている多神教的な宗教観、多雨多湿の風土が生む独特の自然観、仏教的な輪廻転生の思想から来る死生観など、不可視の世界やエネルギーをアジアの人々がどのように認識し、受け入れ、そして絵画、彫刻、祭祀、儀式、芸能などに反映してきたかを探る展覧会だ。31名のアジアの現代アーティストの作品を約100点の同館収蔵品と併置してみせる。アジアがどれほど近代化、国際化されようとも、ヨーロッパやアメリカと同様の近代国家にはなり得ないことが実感できるだろう。今回のトークではその概要も紹介した。
アメリカ型の美術館運営は、民間からの寄付が基本だ。非営利団体への寄付に税制の優遇措置があるこの国では、芸術団体への寄付も節税と社交双方の目的を果たす重要な活動だが、リーマン・ショック以降はどの美術館も厳しい経済状況にある。ただ、協賛金集めディナーやオープニングのガラ・パーティが美術館の理事やサポーター主導で行われるなど、美術館の運営に対する支援者の能動的な姿勢が、この国の芸術文化の発展を支えてきたことを改めて感じさせる。今回のトークは、美術館の社会的使命や世界の美術界におけるアジアの美術や文化の在り方についての長期的なヴィジョンを持ち、それに向かってより戦略的な運営を進めようとするシュウ館長の意志を確認するものだった。現代アートに本格的にコミットしようとするアジア美術館の今後の活動に注目したい。
文:片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター)
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