2012年1月24日(火)

ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニの映像作品に見る「歴史への視点」 アージェント・トーク009

2011年12月6日に行われたアージェント・トーク009ではドイツ出身で、映像、写真、インスタレーションなど多様な作品を制作するアーティスト・ユニット、ニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニを招き、近年制作された映像作品3点の上映とトークを行った。現在、彼らはベルリンを拠点に活動しているが、過去には2006年に森美術館「東京--ベルリン/ベルリン--東京展」に参加し、2007-10年に札幌市立大学の准教授を務めるなど、日本にも馴染みの深い2人である。


ニナ・フィッシャー(右)&マロアン・エル・ザニ(左)


「東京--ベルリン/ベルリン--東京展」2006年

はじめに上映された《ザ・ライズ》(2007年)では、高層ビルの外側の階段を不安にかき立てられるように延々と上っていく1人の男が映し出される。昼から夜、雨や雪といったように目まぐるしく時間や天候が変化する中、見る者はいつ男が屋上に着くのかという不安と期待を抱きながら映像の世界へと引き込まれていく。

舞台になったのはアムステルダム市南部にある再開発地域。2006-07年にアムステルダム市立近代美術館ビューローでのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムに招聘され、この作品を制作した。この地区が「再開発中」であるがゆえに、まだ決まった意味が与えられておらず、この場所に「新たな意味=歴史」が生まれつつある様を、ビルを上る男の姿に抱く不安と期待に重ねたのだという。

続いて上映された《サヨナラ・ハシマ》(2009年)では、通称軍艦島として知られる長崎県の端島(ハシマ)をモチーフにした。炭鉱が閉山する1974年に住民が引き上げる際に撮影された端島の子供たちによる「サヨナラ・ハシマ」の人文字の写真を作家が見つけたことが制作のきっかけだという。


<スペリング・ディストピア/サヨナラ・ハシマ>
2008-2009年

炭鉱夫の家庭に生まれ、1974年までこの島で生活していたという男性の確固とした語り口と映画「バトル・ロワイヤル」のロケ地としてしか知らない女子高校生のおぼろげな回想のナレーションを組み合わせることによって、端島(ハシマ)をめぐる記憶の世代間のギャップを浮き彫りにする。フィッシャー&エル・ザニの言うように、ここでは1つの対象をめぐるイメージや歴史が、世代という断絶によって、もはや共有できないものであることが示されている。同時に、作家は大戦中に朝鮮半島や中国の人々が多く徴用され、過酷労働で死者も出たという過去と、中学生同士が殺し合う映画のロケ地として知られる現在を「死」という共通点によって交錯させてもいる。


<成田フィールド・リップ>
2010年

東京初公開の《成田フィールド・トリップ》(2010年)では、成田空港拡張に反対しその土地を去ることなく現在でも滑走路の間で暮らす農家に焦点を当てた。カップルを演じる大学生は作家の生徒でもあり、どのような作品を制作するかも告げられず、予備知識もないまま、農家を訪れ、有機栽培農業を体験する。決まった脚本はなく、自発的な会話によって構成された本作では、無邪気なカップルが過去の成田の闘争とその背景を知っていくにつれ、鑑賞者である私たち、そしてカップルを演じる学生自身も成田が孕む闘争や苦しみの歴史に引き込まれていく。物語の最後では、カップルは成田を去り日常の生活に戻るのか、それともこの地に残るのかという選択を迫られるが、作家は、それがこの闘争がいまだ終わっていないことを示唆するのだという。

今回上映されたニナ・フィッシャー&マロアン・エル・ザニの作品はいずれも過渡期にある場所を舞台にしたものだが、それらに通底するのは彼らの歴史というものに対する関心であろう。彼らは「歴史とは特定の人たちのアイデンティティを示すもの」であり、それらがもはや「共有することが不可能なものである」と語った。たしかに歴史はその共同体や世代、あるいは人の数だけ存在するといえるだろう。客観的な歴史というものが存在しえないことを認めた上で、彼らの作品は、私たちはどのようにして歴史と向き合っていくべきなのか、という真摯な問いを投げかけているのではないだろうか。

文:吉田侑李(森美術館学芸部 アシスタント)
 

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