ラテンアメリカのアートシーンに精通し、国際的に幅広く活躍する批評家/キュレーターのヘラルド・モスケラ氏(1945年、キューバ生まれ)。10月25日(月)に開催した「アージェント・トーク004」はそのモスケラ氏をゲストに迎え、過去35年近いチリの現代アートを網羅した『Copying Eden:近年のチリ美術』(2007年)で言及している74ものアーティスト(グループ)の活動や作品をもとに、映像を交えながらチリの現代美術に関する考察が語られました。
講師のヘラルド・モスケラ氏
チリの現代美術史を紐解く鍵となるのは、1973年9月11日に首都サンティアゴ・デ・チレで発生したクーデターです。これは自由選挙によって合法的に選出された社会主義政権を、ピノチェト将軍率いる軍部が武力で覆した世界初の事件で、チリ国民に大きな傷を残すことになりました。また同時に、チリの美術史変革の引きがねともなったクーデターでした。それまで絵画や彫刻などの近代美術は、チリ特有のアカデミックな伝統に根ざし20世紀初頭より確固たる基盤を築いていたのですが、この事件を機に、パフォーマンス・アートやヴィデオ・アートなどの新表現が生まれたといいます。
C.A.D.A.やイェグアス・デル・アポカリプシスなどによるパフォーマンスやアクションは、必ずしもアートが潜在的に持つ政治性を引き出した「プロテスト」と捉えられたわけではありませんでした。「人間としての心理的反芻であったこれらの行為は、曖昧で複雑さを帯びたインテレクチュアルなリアクション」だったとモスケラ氏は分析します。理論家や文筆家が多いことからも示唆されるように、チリではリテラルで思想的な伝統から、全ての表現はアイディアへと回帰するコンセプチュアル・アートへの向きが強いのだそうです。
さまざまな映像を交えながら、レクチャーは進みました
グローバル化が全世界的に進み情報が氾濫する今日、ニューヨークなどのメトロポリスを活動拠点にするアルフレッド・ジャー、イヴァン・ナヴァロといったアーティストを除いては、チリの現代アートの国際的認知度は未だに高いとは言えません。
「歴史的な事由により、チリのヨーロッパ化が後押しされてきたのは自然である一方、もっと大きな意味で国際化しなければならないと思う。自らが面している太平洋、そしてその先へと目を向けるべきではないか」
と問いかけるモスケラ氏に、頷く参加者も多く見られました。これを日本の置かれた状況と照らし合わせてみれば、チリから見て太平洋の先で生活するわたしたちにも同様のことが言えるのではないでしょうか。
地理的に日本から遠いラテンアメリカ。なかでもアンデス山脈の西側を縦長に繋ぐチリとその現代アートに関して、わたしたちが直に見聞を広める機会はなかなかないのが現状ですが、今回のモスケラ氏のお話は、参加者にとって現代チリ美術を知るとても良いきっかけとなったようでした。
<関連リンク>
・『Copying Eden:近年のチリ美術』
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