ニューヨーク在住の現代アートコレクターである、ヴォーゲル夫妻の半生を追ったドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』。2010年10月18日(火)、閉館後の森美術館は、本映画の上映&トークセッションに集まったお客様でいっぱいになりました。トークセッションには、これが初監督作品となった佐々木芽生監督と、サラリーマンコレクターの宮津大輔さんをお迎えし、映画製作やアートコレクションの話で盛り上がりました。
左は佐々木監督、右は宮津さん
現代アートの著名なコレクターというと、大富豪を想像する方が多いのではないでしょうか。しかし、ヴォーゲル夫妻は、郵便局員のハーブと図書館司書のドロシーの公務員。二人の収集基準は(1)自分たちのお給料で買える値段であること、(2)1LDKのアパートに収まるサイズであること。ルールはいたって単純ですが、作品の収集方法はとてもユニークです。クリストとジャンヌ=クロードのドローイングは、彼らの猫の面倒をみることと交換にもらったなどのエピソードが明かされると、会場からは笑いが起こりました。そんな夫婦のコレクションは、のちにアメリカ国立美術館、ワシントンDCのナショナル・ギャラリーに寄贈されることになります。寄贈者プレートに刻印された名前を指差す夫婦の後姿には、思わずホロッとさせられました。
トークセッションでは、チーフ・キュレーター片岡真実が佐々木監督と宮津さんに、製作当時の様子やアートをコレクションすることについて聞きました。
興味深い製作裏話を次々に披露してくれた佐々木監督
「二人のアパートを実際に訪れて、広さはどれくらいでしたか?」という片岡の質問に佐々木監督は、「1LDKのアパートは2000点以上のアート作品でいっぱいで、部屋には3人以上入れません。天井にも作品が展示してあるので、身長が150cm以上の人は天井にも気を付けなければなりませんでした」とその舞台裏を明かしてくれました。そして、「作品の購入後に有名になった作家もいるので、コレクションを売れば裕福な生活ができるはずですが、お金より作品が大事だからと一点も売っていません。二人はアーティストの思考プロセスが伺えるような身近な作品を収集し、アーティストと一緒に成長してきたのです」と夫妻の収集スタイルについて言及します。これには宮津さんも共感するようで、「アート作品の収集を通じて、自ずと作家との交流が深まります。その作家との思い出が作品を自分だけのものにしていく。だから作品は売れませんね」とコレクターの醍醐味を語ってくれました。
アーティストと直接向き合い、作品を通じて一緒に成長していく。なんとも羨ましい関係です。
生活を捧げてアートを追い続けるヴォーゲル夫妻の姿には、アーティストが作品を制作する情熱と同じものを感じました。親密な関係作りは、アートの為に生きるコレクターだからこそ可能なのかもしれません。改めてコレクターという存在について考えさせられる機会となりました。
映画『ハーブ&ドロシー』は渋谷イメージフォーラムで絶賛公開中です。チケットについてのお問い合わせはherbanddorothy@gmail.comまで。今回見逃してしまった方はぜひ映画館に足を運んでみてください。
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