2010年12月 9日(木)

<幽体=ファントム>とは何か?展示を前に思いを語る ~小谷元彦インタビュー(1)

彫刻の概念を覆し、めざましい活躍を見せる小谷元彦さん。「展覧会はひとつのメディア。身体と瞳孔を駆使して感じてほしい」と、内外の注目を集める最大規模の個展を前に、思いを語っていただきました。(文・児島やよい)


初の大規模個展に挑む小谷氏

----まず、「幽体の知覚」というタイトルについて質問させてください。
小谷:《Phantom Limb》というタイトルの作品があります。「幻影肢」と訳されますが、僕の作品のコンセプトを象徴的に表している言葉として、キュレーターの荒木夏実さんから提案されました。そのコンセプトの部分を日本語で表現したのが「幽体の知覚」です。

----「幽体」というと、どうしても幽霊とかお化けを連想してしまうのですが。
小谷:幽霊やお化けは<ゴースト>ですよね。ゴーストではなく、ファントムなんです。僕の中で、ファントムというのは4つのセクションに分けて考えています。
まず、不過視なるもの=目には見えないけれど存在しているもの。知覚現象に関するものを指します。たとえば痛覚とか、感覚というのは見えない領域だけれど、確実に存在していると感じますよね。
2つ目は「オペラ座の怪人」に出てくるファントム(怪人)。化け物とかモンスターに近い。変異体、異物といったものを指す言葉と捉えています。
3つ目、これは現代的な考え方ですが、<脳化>の発想です。たとえば、脳の電気信号をコンピュータで解析して機械を動かすようなシステム<BMI(Brain Machine Interface)>が開発されていますね。そういう開発はどんどん進んで、もう止められない。今後はひょっとしたら人間が脳だけで生きて、永久に死なないというような時代も来るのかなと思ってはいるんです。でも実際のところ、人間は生まれた時から身体の束縛があって、そこから逃れられない。その身体の問題と、脳化していくものとが分裂しているのが今の状況。身体と脳のバランスが遊離していると思うんですね。その状態のこともファントムと呼べるんじゃないかという、そういう考え方です。
そして4つ目は、これが最も重要なのですが、自分にとっての絶対他者である自分自身。誰しも「これが私」とは認めたくない自分、というものを抱えています。それは自分の中の他者であり、ファントムであると考えています。


《Phantom-Limb》
1997年
Cプリント
148 x 111 cm (各、5点組)
所蔵:高橋コレクション、東京
Photo: Kunimori Masakazu
Photo courtesy: YAMAMOTO GENDAI, Tokyo

----小谷さんの初期の作品から最新作まで、一挙に観られる展覧会です。歩いて巡って行くと、小谷作品のいろいろな<ファントム>に出会う。
小谷:次々と、いろいろな関門が訪れる。ゲーム的ですよね。第1ゲームが終わって、次、第2ゲーム、みたいな。

----彫刻は、絵画よりもさらに空間に影響を受けるし、相互作用も大きいですよね。今回、苦労された点は?
小谷:美術館の空間が、いろいろなバランスを持っていて、ある展開力を持ってやっていかないと、太刀打ちできない。そこは難しくもあり、やりがいもありました。

----ホワイトアウトするような、全体に白くまばゆい空間と、暗い中で作品だけが浮かび上がるような空間と、メリハリのある構成ですね。
小谷:僕自身、全体的に同じような視点、身体の角度と体感で観なきゃいけない展覧会が苦手なんです。だから振れ幅のある展示にしたかった。身体で感じる瞬間と、瞳孔がきゅーっとマクロレンズみたいに収縮する瞬間があって、視点も縦横無尽になるような。常にこう、アタマで見るんじゃなくて、身体が自然に反応するような状態がつくられる、そういう体験にできればいいなと思いますね。展覧会もひとつのメディアと考えていますから。

《次回 第2回 映像彫刻をつくるということ に続く》

【児島やよい プロフィール】
フリーランス・キュレーター、ライター。慶応義塾大学、明治学院大学非常勤講師。「草間彌生 クサマトリックス」展に企画協力。「ネオテニー・ジャパン--高橋コレクション」展(上野の森美術館他巡回)等のキュレーションを手がける。

<関連リンク>

・「小谷元彦展:幽体の知覚」アーティストの素顔に迫る ~小谷元彦インタビュー
第1回 <幽体=ファントム>とは何か?展示を前に思いを語る
第2回 映像で彫刻をつくるということ
第3回 彫刻という表現の可能性--始まりは「仏像はエフェクト」という開眼だった
第4回 生まれ育った京都で、ファントムを感じていたのかもしれない
第5回 優雅さと暴力性、ファッションの魅力とマンガの影響
第6回 お笑いと映画への愛 自分に重ね合わせる、リスペクトする人たち

「小谷元彦展:幽体の知覚」
会期:2010年11月27日(土)~2011年2月27日(日)

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