李禹煥(リ・ウファン)
「関係項」は、李禹煥が立体作品の包括的なタイトルとして、1970年代以降採用してきた言葉です。あらゆるものは世界との関係性によって成立し、それのみで存在しているものはない、と考えます。この哲学は作品だけでなく、繰り返し言葉にも綴られ、もはや彼の生きる姿勢とも重なり合っています。韓国と日本、東洋と西洋、実践と理論、絵画と彫刻、対象物と余白、自然と人工物、作ることと作らないこと――こうした二項対立構造のはざまで、李自身は与えられた空間や状況における媒介、エネルギーとして機能し、それぞれの瞬間に求められる緊迫と均衡の時空を模索してきました。
1956年に来日した李は、1968年頃に本格的な作家活動と評論活動を始めます。出品作の《関係項》(1969/2020年)は、後に李が理論的支柱となる「もの派」という当時の動向を最も良く象徴する作品でしょう。彫刻か絵画かに関わらず、対象となるもの同士やその周囲にある空間や余白の出会い、相互依存関係によって作品が成立するという考え方は、出品作の《関係項-不協和音》(2004/2020年)や絵画シリーズ「対話」から2019年と2020年に制作された新作2点にも一貫して見ることができます。
近年、世界各地で発展した複数のモダニズムが注目され、李禹煥や「もの派」の国際的な評価も、韓国や中国などアジアを含めて高まっています。「近代的なオールマイティを批判しつつ、作らないこと、描かないこと、あるいは他者や外部を表現に導入することに力を注いできた」という李の主張や問題提起は、いよいよその力を発揮しているといえるでしょう。
李禹煥アーカイブ
アーカイブ展示のセクションでは、主要な展覧会歴、カタログ、展示風景写真、展覧会評などの資料を展示し、アーティストが世界でどのように評価されてきたかを解き明かします。 会場には年表を掲示していますが、カタログバージョンを特別にPDFで公開します。
年表PDFはこちらよりダウンロードできます。(PDF/400KB)
プロフィール
1936年、韓国慶尚南道生まれ、鎌倉在住。日本の高度経済成長期、近代への批判が国際的にも高まるなか、生産を否定し、ものや素材そのものを提示する彫刻の動向が生まれ、後に「もの派」と呼ばれる。そのなかで李はもの相互の関係性に意識を向けた制作を行う。また、1969年には評論「事物から存在へ」が美術出版社芸術評論賞で入選。批評活動を通して「もの派」の理論化に大きく貢献した。1968年に東京国立近代美術館にて開催された「韓国現代絵画展」以降、日本と韓国の現代美術界の交流にも尽力。1971年には第7回パリ青年ビエンナーレに参加し、以降ドイツやフランスなど欧州を中心に継続的に作品を発表してきた。2011年にはグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)で大規模な回顧展、2014年はヴェルサイユ宮殿で大規模個展、2019年にもポンピドゥー・センター・メス(フランス)で個展が開催されている。2010年には直島に李禹煥美術館、2015年には韓国に釜山市立美術館・李禹煥空間が開館した。日本の戦後美術への関心の拡がりや非欧米圏のモダニズムの比較研究とともに「もの派」が国際的にも再評価され、李禹煥の50年に亘る多様な実践にも注目が高まっている。