サルワ・ミクダーディ氏による「アラブ・エクスプレス展」シンポジウムの基調講演レポート第2回目では、アラブのアーティストたちの活動を紹介しながら、いかに彼らがアラブ美術の発展に貢献したかを紐解きます。
シンポジウム風景
撮影:御厨慎一郎
アーティストたちの政治的、社会的権力への挑戦
アラブ美術か注目されるようになったもうひとつの理由に、ディアスポラとして生きるアラブ人アーティストたちの活躍があげられます。モナ・ハトウーム、ガーダ・アメル、ワリード・ラード、アクラム・ザアタリ、エミリー・ジャーシル、ジャナーン・アル・アーニのようなアーティストが、この地域の美術に興味を引き寄せました。彼らは、欧米の主流メディアが取り上げないか、取り上げても上辺だけの政治社会問題を、微細なニュアンスを持ったコンセプチュアル・アートとして表現しています。彼らの作品は教訓的なものとは程遠く、解決すべき問題を主題としながら、欧米が覇権を握っている美術の解釈について疑問を投げかけます。
普遍的なコンテクストの中で表現するモナ・ハトウームの作品は、すべての年齢層の人たちに時代を越えてアピールします。ハトウームは、観る人の気持ちを身近なものと未知なる不安の間で揺り動かし、現在も影響が残る1980年代の制度的権力と監視体制を探って見せます。
サルワ・ミクダーディ(近現代アラブ美術史家)
撮影:御厨慎一郎
検閲を乗り越えるアラブ美術
検閲はアラブのアーティストが絶えず直面している課題です。『アート・ナウ』はこの地域にも届きますし検閲の影響下にはありません。また、インターネットやソーシャル・ネットワークによって、過去に検閲を受けた作品は新しい命を与えられ、広範囲で多様な観客にまで届くようになりました。しかし依然として容赦のない反応もあり、昨年、シリアの風刺漫画家アリー・ファルザートは、その批判的な漫画のせいで政権の武力によって両手をつぶされています。
アラブの春以前から、アラブのアーティストは政権に対する不満を様々な方法でそれとなく表現していました。慎重でない人もいました。例えば、50年代初頭のエジプトのアーティスト、インジ・エフラトンは政治的見解を理由にガマール・アブドウル・ナーセルにより収監され、刑務所の中でも描き続けることになったのです。
漫画家で画家のジョージ・バフグーリーは多くのイラクのアーティストと同様に亡命生活を選びました。政治的、社会的権力に挑戦したコンセプチュアル・アートは、観客がエリート層に限られていたので検閲の網を逃れることができたのです。
その他の芸術作品においても、人気のある風刺を巧妙に使って検閲を回避するやり方が常にありました。アラブの映画、文学、演劇、それにシリアのメロドラマまで、独裁的な体制と人権の不在を批判しました。例えば、シリアの劇作家サーダッラー・ワヌースの社会風刺が一例です。しかし、エジプトの小説家ソナラー・イブラヒームとサウジアラビアの小説家アブドゥル・ラフマン・ムニーフは政治的弾圧を批判し、収監や亡命を余儀なくされました。彼らの小説は数ヵ国語に翻訳され、世界中で支持を得ました。こうしたすべてのことが、アラブ美術の注目度を高めたと言うことができるでしょう。
アクラム・ザアタリ
《サイダ、1982年6月6日》
2002年
Courtesy: Sfeir-Semler Gallery
撮影:木奥恵三
エミリー・ジャーシル
《リッダ空港》
2007-09年
Courtesy: Alexander and Bonin
撮影:木奥恵三
ジャナーン・アル・アーニ
《シャドウ・サイト I》
2010年
撮影:木奥恵三
〈関連リンク〉
・アラブ現代美術の今
(1)世界が注目するアラブ美術
(2)躍動するアラブのアーティストたち
(3)変化を続けるアラブ美術の行方
(4)アラブの春が美術に与えた影響とは
・「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」
2012年6月16日(土)-10月28日(日)
・アラブの翻弄された歴史と政治 "砂漠"を舞台にした作品から読み解く
・「アラブ・エクスプレス展」展示風景(flickr)
Section1
Section2
Section3 & Lounge
・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」南條史生編
(1)70年代当時と現在のアラブを比較して~
(2)世界が注目する、アラブの現代美術とその理由~
(3)展覧会開催が、文化外交、相互理解に繋がれば~
・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編
(1)アラブの世界の中の多様性を日本に紹介したい~
(2)本展のみどころ"黒い噴水"やアラブ・ラウンジについて