2012年6月13日(水)

世界が注目する、アラブの現代美術とその理由~
インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」南條史生編(2)

森美術館で開催する「アラブ・エクスプレス展: アラブ美術の今を知る」(2012年6月16日から10月28日まで)。
前回、自身が見てきたかつてのアラブと現在のアラブの様子を語った南條。第2話では、アラブ美術が世界の美術シーンの中でどう位置づけられているかについて聞きました。
 



 -- 世界の中でアラブの現代美術はどのように位置づけられていますか?

南條:国際的には、これからどんどん登場し、脚光を浴びる直前ということができるのではないでしょうか。注目はされているけど、まだ中国のように圧倒的に市場を席巻したり、あるいはみんなが知っているという段階にははいっていないでしょう。しかし作品の質はどんどん良くなってきている。注目するのに良い時期だと思います。

「人の交流」ということで考えると、人口動態を把握していないのではっきり言えないんですけれども、例えばレバノンを見ていると、内戦が非常に長かったということがあって、この20年間でかなりの人口が外国に流出しています。外国で仕事をし、レバノンの家族に送金をしているという構造があるわけです。
ですから、以前は西洋化や近代化しているといっても、それは欧米が入ってきてつくったものでしたが、現在は海外に出て行った人たちが、移住先で欧米的な文化を身につけ、戻ってきて自国を国際化する、といった、違うフェーズに入っているのかなという気がします。つまり現代美術も、もっと自分たちの表現として深く理解され始めているのではないか。


カタールのドーハに一昨年(2010年)オープンしたマトハフ・アラブ近代美術館



 -- そうすると、現在のアラブの現代美術というのは、欧米の現代美術を知った上で、自分たちの社会の現状から、独自の表現をするということになるのでしょうか。

南條:そうですね、やはり現代美術というのは、国際言語ですので、ある程度はその国際的なボキャブラリーを知っているほうが豊かな表現ができるわけですね。しかし一方で、自分の国の伝統文化を知っているということも、非常に大事です。この両方が組み合わさって、一種の化学変化が起き、その国や社会に根ざした、特徴のある新しい作品や表現が出てくるといえるのではないでしょうか。


レバノンの戦争に関わる作品を制作しているゼーナ・エル・ハリール
「アラブ・エクスプレス展」に出展されます。

ゼーナ・エル・ハリール
《ザナドゥ、あなたのネオンは輝くだろう》
2010年
カンバスにアクリル、グリッター、布、クーフィーヤ、ビーズ、スパンコール、ポンポン、
造花、コピー、断熱板、金縁の額
183 × 215 × 19 cm
Courtesy: Galerie Tanit
Photo: Christoph Knoch



 -- そのような現象はアジアでも見られると思いますが、今日本がアラブ現代美術に注目する理由はなんでしょう?

南條:今は大変なアジアの現代美術ブームですよね。そして、中国現代美術が非常に大きなマーケットを生みだし、作品価格が1億円を超えるような作家が多数出てきました。
その状況の中で、欧米からは「じゃあ、アラブの美術はどうなの、後を追随するんじゃないの」という好奇心をもって注目されるようになりました。要するにヨーロッパとアジアの真ん中に挟まっている場所からも何か出てくるんじゃないか、という思いがあるんでしょうね。

さらに、アラブというのは長い間、欧米列強の植民地だったので、フランス、イギリスなどの元宗主国が、ある意味でいまだに親近感を持ってアラブ諸国の現代美術を自国の美術館で紹介するというブームが起こっています。ですから、この5、6年ロンドンやパリでは大変多くのアラブ現代美術が紹介されています。


ドバイのアートフェア

一方日本でアラブ現代美術が紹介されることはほとんどありませんでした。 ですので、ジャーナリスティックな視点からも、今日本でアラブ現代美術をいち早く紹介し、皆さんに紹介したいと思った訳です。
もう1つ、経済的視点というものもあります。アラブ世界と日本は経済的には非常な密接な関係があります。石油を必要とし、輸入しているだけでなく、日本の製品を多数輸出したりもしていますから、互いに依存関係にあるわけです。そういう国の文化を知るということは、とても大事なことだと思うのです。



 -- アラブ現代美術の主題や表現で、「これはアラブ独自だな」というような特徴があれば教えてください。

南條:アラブ社会には偶像崇拝禁止というイスラム教のから出てきた考え方があったわけです。それは、人間というものは神がつくった創造物であり、その人間が、神がつくった他の人間=創造物を描くということは、神に対する冒涜だという考え方なんですね。
そこで中東の、少なくともイスラム社会の中では、「アラベスク」という言葉があるように、伝統的に幾何学模様が美術の中心だったわけです。この伝統があったおかげで、現代でも美術表現の中に多くの抽象的な表現が見られるように思われます。


モスクを装飾するアラベスク
By Sebastiá Giralt

画面に様々な色の丸い点を打っていた若い女性のアーティストがいたので、「これは何ですか?」と聞いたら、「これは人です。それが、沢山集まって社会が出来ています」と言うわけです。また別な作家は、方程式を作って、それをつかって、幾何学的な抽象絵画を作る。なにか、システマティックで数学的、ある種の抽象的な思考というものがあるように見受けられる。この傾向はあまり日本にない発想だと、私は思いますね。

それから、もう1つは、この地域に非常に特徴的な紛争や戦争の体験、記憶というものを作品にしている人が沢山居ます。レバノンでは《アラブイメージアーカイブ》という有名な写真のアーカイブをつくったアーティストたちがいます。この人たちは自分たちの社会のいろいろな体験を、写真を収集して記録していこうという発想ですね。これなども、中東だからこその緊急課題として生じてきた作品群ではないかと思います。


アラブ現代美術の父 ハッサン・シャリフ
 

<関連リンク>

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」南條史生編
(1)70年代当時と現在のアラブを比較して~
(2)世界が注目する、アラブの現代美術とその理由~
(3)展覧会開催が、文化外交、相互理解に繋がれば~

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編
(1)アラブの世界の中の多様性を日本に紹介したい~
(2)本展のみどころ"黒い噴水"やアラブ・ラウンジについて

・「1分でわかるアラブ」
(1)スクリーンに映るアラブ
(2)男たちの社交場/カフェはじめて物語
(3)羊か鶏かそれが問題だ/料理にホスピタリティー
(4)悠久の遺跡がいっぱい/文明発祥の地メソポタミア
(5)美は幾何学的にあり!?/書道とアラベスク

アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る
2012年6月16日(土)-10月28日(日)

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