2012年6月19日(火)

アラブの世界の中の多様性を日本に紹介したい~
インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編(1)

森美術館で開催中の「アラブ・エクスプレス展: アラブ美術の今を知る」(2012年10月28日まで)。
南條史生へのインタビューに続き、南條と共に本展の企画を担当している近藤健一(森美術館 アソシエイト・キュレーター)に、「アラブ・エクスプレス展」のみどころや、出展作について聞きました。



 -- 今回の展覧会、「セクション1:日々の生活と環境」について

近藤:今回の「アラブ・エクスプレス展」では、3つのセクションでアラブの現代美術の最新の姿を紹介します。
最初のセクションでは、彼らの日常生活を垣間見ることのできる作品を集めています。普段我々はテレビや雑誌でアラブ世界の映像を目にすることが多く、戦争や民主化の動きとそれに対する弾圧、紛争や対立といった、少し怖いというイメージの情報に、絶えずさらされています。しかし、実際アラブ世界に行ってみると、そうではなく、彼らには彼らの、非常に生き生きとした豊かな活気にあふれた日常生活があるんですね。残念ながら、それについてはあまり日本では知られていません。彼らがどのように暮らし、私たちとどこが違って、どのように似ているのかということを紹介するために、セクション1を設けました。


モアタッズ・ナスル
《カイロ・ウォーク》
2006年
写真、アルミニウムにマウント
40 × 40 cm(各)
Courtesy: GALLERIA CONTINUA

近藤:本展を開催する1つの意義として、「アラブの世界の中の多様性を日本に紹介する」ということがあります。
何となく、アラブ人はみんな一緒、アラブの世界はみんな一緒と思ってしまいがちですが、実は、石油の開発により経済的に潤っている湾岸地区と、文化・政治の歴史的な中心であったエジプトや、人口の30%がキリスト教徒であるレバノンで比較すると、全然違う日常が存在します。
ですので、それぞれに違う文化があり、違う人たちが共存していて、その中に日常生活がある、そういった日常生活の多様性を見せたいというのが、1つにあります。
例えば、モアタッズ・ナスル(エジプト生まれ、在住)は写真を多数集めた《カイロ・ウォーク》というインスタレーション作品を出品します。作家自身がカイロに住んでおり、彼がカイロの街中で見かけた日常の1コマを集積して描いています。この作品からは非常に躍動的でカラフルで活気に満ちたカイロの日常を見ることができます。


ルラ・ハラワーニ
《親密さ》
2004年
Courtesy: Selma Feriani Gallery

それに対して、そうではない日常もあり、それを表現したアーティストにルラ・ハラワーニ(エルサレム生まれ、在住)がいます。 彼女は白黒の写真シリーズ、《親密さ》という作品を本展に出品します。これは一見、手と書類が映っているだけの写真で、何だかよくわからないのですが、実はパレスチナのイスラエル軍による支配下の検問所を通る人々を盗撮した写真シリーズです。この作品ではパレスチナの人々が、日々の生活の中で学校や病院をはじめ、どこに行くにも、毎日通過しなければならない検問所の1コマ、日常の1コマをとらえているわけです。我々日本人は、平和な日常と対立、戦争の非日常という二項対立を思い描いてしまいがちですけれども、実はアラブ世界のいくつかの地域では、二項対立ではなく日常の延長として、対立や紛争などが存在しているわけですね。

また、皆さんご承知のように、民主化の波が訪れて社会変動が起きています。別の地区では相変わらず紛争や対立が起きていて、いつ自分の身が危険にさらされてもおかしくないような状態の中では、必然的に1日1日を生きる真剣度が我々に比べたら高くなってくるのではないでしょうか。


近藤健一(森美術館 アソシエイト・キュレーター)



 --  「セクション2:「アラブ」というイメージ:外からの視線、内からの声」について


アハマド・マーテル
《マグネティズム》
2012年
Courtesy: Edge of Arabia

近藤:セクション2では、アラブというイメージについて、具体的に言うと、アラブ的なアイデンティティです。それからもう1つ、そのコインの裏表なんですが、アラブに対するステレオタイプの問題について考えてみたいと思います。
1番わかりやすい作品は、アハマド・マーテル(サウジアラビア生まれ、在住)の《マグネティズム》という作品があります。白黒写真ですけれど、パッと見ただけで、その主題がわかります。イスラム教のシンボルの1つである、メッカのカーバ神殿の巡礼風景を思い起こさせる写真作品です。
ただ、実際に彼が作品の中で写しているのは、立方体の黒い磁石と、それに吸い寄せられるように同心円状に引き付けられている鉄粉ですが、磁石が鉄を引き付けるという科学の構造と宗教上の構造、すなわち巡礼地の神殿が巡礼に訪れた人々を引き付けるという、類似性を示しています。これはまるで広告写真のようにストレートに我々に訴えかけてきますね。

近藤:先ほど話したステレオタイプについて、実は歴史的に見て西洋はアラブに対して、時代遅れや曖昧、未開というようなネガティブなイメージを与え、信じ込ませてきたんですね。
結果、「アラブは単一、なおかつ西洋と正反対のものである」と表象され続けてきたのですが、私たちも同じようにアラブに対してステレオタイプを持ってしまっているのは事実です。


シャリーフ・ワーキド
《次回へ続く》
2009年
所蔵:シャルジャ芸術財団、アラブ首長国連邦

その1つが、「アラブ人=テロリスト」だと思うのですが、それを逆手にとっているのが、シャリーフ・ワーキドというイスラエルに住んでいるパレスチナ人のアーティストの映像作品です。《次回へ続く》と題されたこの映像を見ると、銃を携えたテロリストに見える男が1人語りをしています。まるでテロリストが犯行声明をしているように聞こえるのですが、実は彼は『千夜一夜物語』を、そのまま読み上げているだけなんです。その事実に気づくと、我々がいかにアラブの人たちに対して、「テロリストかもしれない」という偏見を抱いていたという、自分自身について気づかされる、ハッとさせられるという、そんな作品です。

この背景にある旗にも銃が描かれ、まるでどこかのアラブの政治結社のような見せかけをしているんですけれども、実在しないですし、本当に面白いですね、この作品は。

<関連リンク>

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」南條史生編
(1)70年代当時と現在のアラブを比較して~
(2)世界が注目する、アラブの現代美術とその理由~
(3)展覧会開催が、文化外交、相互理解に繋がれば~

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編
(1)アラブの世界の中の多様性を日本に紹介したい~
(2)本展のみどころ"黒い噴水"やアラブ・ラウンジについて

・「1分でわかるアラブ」
(1)スクリーンに映るアラブ
(2)男たちの社交場/カフェはじめて物語
(3)羊か鶏かそれが問題だ/料理にホスピタリティー
(4)悠久の遺跡がいっぱい/文明発祥の地メソポタミア
(5)美は幾何学的にあり!?/書道とアラベスク

アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る
2012年6月16日(土)-10月28日(日)

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