2012年6月21日(木)

本展のみどころ“黒い噴水”やアラブ・ラウンジについて~
インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編(2)

森美術館で開催中の「アラブ・エクスプレス展: アラブ美術の今を知る」(2012年10月28日まで)。
南條史生へのインタビューに続き、南條と共に本展の企画を担当している近藤健一(森美術館 アソシエイト・キュレーター)に、前回に続き、みどころ、出品作について聞きました。



-- 「セクション3:記憶と記録、歴史と未来」について

近藤:セクション3では人々の記憶、それから事件を記録すること、つまり「記憶と記録」に焦点を絞った作品構成になっています。
今回、展覧会のために調査をしていて、写真と映像作品がものすごく多いことに気づきました。これらのメディアは「記録する」ということに非常に適しているのですけれども、彼らがなぜこんなに写真と映像を使うのかと考えたとき、1つに、つらいことを経験している人々が、「その出来事を後世に残したい、それから世の中に広めたい」という、人間の本能としての伝承の欲求のようなものが働いている気がしたんですね。 それで結果的に、映像や写真などのメディアが使われているのではないかと思ったんです。


アブドゥルナーセル・ガーレム
《道》
2007年

それと、もう1つ、既存のアーカイブから資料を取り出して、それを流用するという手法も多用されています。彼らは、自身の経験を後世や世の中に広めたいという欲求で、作品をつくっているという理由もあります。ですが、それは報道写真などとは異なります。報道写真は真実を伝えるというミッションがありますけれども、アーティストにとっては、ただ真実を伝えるだけが重要なのではなく「その真実を、どれだけ自分の視点で伝えるか」というところがポイントになります。ですので、作品の中からは実際に起きた真実を読み取ることもできますが、そうでない部分も見えてくる事が1つのポイントになります。


アクラム・ザアタリ
《サイダ、1982年6月6日(カメラの軌跡付き)》
2006-09年

例えば、アクラム・ザアタリ(レバノン生まれ、在住)の作品《サイダ、1982年6月6日(カメラの軌跡付き)》では、丘の複数の場所に同時に爆破されたかのような光景が繰り広げられています。これは、ザアタリが16歳のときに自分のアパートのバルコニーから撮影した写真で構成されているのですが、突然目の前に爆破の光景が広がったら、誰でも怖いですよね。多分、相当怖い思いをしたんだと思います。
この写真作品は、彼が味わったであろう恐怖を、我々に迫力を持って伝えているのですが、その一方で細部を見てみると、画面の中に数個の四角いカメラフレームの痕跡と時間が残されています。この爆破が同時に起きたのではなく、実は時系列的にずれて起きていて、最後に合成したんだということを読み取ることができます。
写真メディアは「真実を伝える」という約束事があり、我々は新聞に登場する写真を見て、「ああ、こんなことが起きたんだな」と認識しますが、アクラムはその「写真の真実性」を逆手にとり、ちょっとした嘘を混ぜ込んでいるんですね。さらに言うと、戦争の報道は、より過激な写真や映像が好まれるという傾向がありますが、そういったフォト・ジャーナリズムに対する作家の批判もあるのではないかと思います。


ムハンマド・カーゼム
《ウィンドウ2003-2005》
2003-05年



-- 今回の展覧会に登場する噴水の作品があると聞きました。


マハ・ムスタファ
《ブラック・ファウンテン》
2008年-

近藤:53階にある森美術館の展示室中に、高さ2メートル以上ある、大迫力の噴水が登場します。
これはマハ・ムスタファ(イラク生まれ、カナダ/スウェーデン在住)の《ブラック・ファウンテン》というタイトルの作品です。
黒い水というと、我々日本人は原爆のときの黒い雨を思い出してしまいますが、ムスタファは湾岸戦争中に、イラクで実際に黒い雨を経験したそうです。油田炎上による大気汚染で一時的に発生した雨ということだそうですが、その自分の体験をもとに黒い噴水を作品化したわけです。
もう1つ、「黒い液体が噴き出る」ということから容易に想起されるのは石油や油田ですよね。湾岸戦争をはじめ、石油の権利をめぐった戦争というのは数々起きており、石油は富をもたらすものでありつつ、もう1つで、争いの種にもなる、諸刃の剣であるという、アーティストのメッセージを読み取ることができます。


近藤健一(森美術館 アソシエイト・キュレーター)



-- アラブ・ラウンジについて

近藤:本展を見て、もっとアラブ世界について知りたいと思っていただければ、それはこの上ない喜びなのですが、そういう方のために「アラブ・ラウンジ」を設置します。まだまだ作品の背後にも多様なアラブ世界が存在しているのです。
ぜひ「アラブ・ラウンジ」にある書籍や映像などの資料を、時間の許す限り触れていただき、アラブ世界をさらに知っていただければと思います。

<関連リンク>

(1)70年代当時と現在のアラブを比較して~
(2)世界が注目する、アラブの現代美術とその理由~
(3)展覧会開催が、文化外交、相互理解に繋がれば~

・インタビュー:「アラブ・エクスプレス展」近藤健一編
(1)アラブの世界の中の多様性を日本に紹介したい~
(2)本展のみどころ"黒い噴水"やアラブ・ラウンジについて~

・「1分でわかるアラブ」
(1)スクリーンに映るアラブ
(2)男たちの社交場/カフェはじめて物語
(3)羊か鶏かそれが問題だ/料理にホスピタリティー
(4)悠久の遺跡がいっぱい/文明発祥の地メソポタミア
(5)美は幾何学的にあり!?/書道とアラベスク

アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る
2012年6月16日(土)-10月28日(日)

★アラブに行こう!キャンペーン★実施中!<6/15(金)~10/28(日)まで>
「アラブ・エクスプレス展」の開催を記念して、抽選でアブダビ往復航空券(合計4組8名様)などをプレゼント中!
オンラインからお申し込みできます

カテゴリー:01.MAMオピニオン
森美術館公式ブログは、森美術館公式ウェブサイトの利用条件に準じます。