《どこへ向かって》
舟は塩田の作品に頻繁に使われるモチーフのひとつです。大海に浮かぶ小舟のように、それは先の見えない未来や人生などを連想させます。高さ11メートルの天井から吊られた65艘の舟は、美術館の入口で観客を出迎え、展覧会という旅へと誘います。
《手の中に》
今にも壊れそうな儚い造形物が、子どもの両掌のなかで守られています。塩田はギャラリーを覆いつくす糸のインスタレーションを通して、空間に潜む目に見えない存在を視覚化してきましたが、掌にそっと収まるこの抽象的なモチーフは、彼女の身体に内在する生命、あるいは魂を表現しているようでもあり、展覧会の副題である「ふるえる魂」も連想させます。
《不確かな旅》
会場に入って最初のインスタレーションは、真っ赤な糸で覆われた空間に、フレームだけの舟が配された作品です。2015年のベネチア・ビエンナーレ日本館での展示では、古いベネチアの伝統的な舟の上部に、夥しい数の鍵が吊られていましたが、《不確かな旅》では舟はより抽象化され、赤い糸で埋め尽くされた空間は、不確かな旅の先にある多くの出会いを示唆しているかのようです。
《静けさの中で》
塩田が幼少期に、隣家が夜中に火事で燃えた記憶から制作されたインスタレーション。燃えたグランドピアノと観客用の椅子が、黒い糸で空間ごと埋め尽くされる作品です。音の出ないピアノは沈黙を象徴しながらも、視覚的な音楽を奏でます。
《時空の反射》
身体を覆う皮膚のように、ドレスは自身の内部と外部の境界を象徴します。そのドレスが黒い糸で埋め尽くされた空間に浮かぶことで、不在の存在を感じさせます。また、鉄枠に囲まれた空間を半分に仕切る鏡の両側にドレスが吊られていることで、虚像として鏡に映るドレスと反対側の空間に実際に在るドレスが、観る者の意識のなかで混在します。
《内と外》
1996年にドイツに移住し、現在はベルリンを拠点とする塩田は、ベルリンの壁の崩壊から15年後の2004年頃より、窓を使った作品を制作し始めました。当時ベルリンでは再開発が進み、多くの建物が取り壊されてゆくなか、塩田は廃棄された窓枠を集めて歩きました。窓はプライベートな空間の内と外の境界として存在しますが、東西ドイツを分断した壁も連想させます。《内と外》は2008年から制作され、いくつかのバージョンがありますが、本展では約230枚の窓枠を用いた作品を展示します。
《集積―目的地を求めて》
約430個のスーツケースが振動し続ける本作は、塩田がベルリンの蚤の市で見つけたスーツケースの中に、古い新聞を発見したことをきっかけに制作されています。あらゆる物はそれぞれの記憶を内包していますが、ここではスーツケースが見知らぬ人の記憶、移動や移住、あるいは難民として定住先を求める旅など、人生の旅路そのものを示唆しているようでもあります。
《行くべき場所、あるべきもの》
どこからか集められた私的な写真、新聞の切り抜き、建物の瓦礫など、失われた過去を示唆するオブジェが古いスーツケースに詰められています。誰かの形見や記念品などの記憶を、約束の無い未来に向かって運ぶスーツケースは、不確かな世界に生きながらも、存在の確かさを求める人々の思いを体現しているようです。
《外在化された身体》 ※新作
2017年の癌再発と闘病以降、塩田の作品に身体のパーツが使われるようになります。その背景には、治療のプロセスでベルトコンベアーに乗せられるように、身体の部位が摘出され、抗がん剤治療を受けるなか、魂が置き去りにされていると感じた経験があります。不在のなかに生命の営みの存在を感じてきた塩田にとって、身体を作品に使うことは、その不在を想像することなのかもしれません。