会場内には木のデッキが設置され、そのまわりにはまるで海のように、写真が床を敷き詰める――来館者が写真をひとつ選び、ボランティアがスキャンをしてウェブサイトにアーカイブしていくユニークな《抹消》は、いったいどのような作品なのでしょうか。
《抹消》
ベトナム戦争の混乱は何百万人ものベトナム難民を生み、ディン・Q・レの家族もまた、カンボジアのポル・ポト派の侵攻から逃れるためにボートピープルとなってタイに逃れ、その後渡米しました。自らの体験を重ねつつ、故郷を追われ、新たな土地を求めて難民となった人々への思いを込めた本作では、ホーチミンのマーケットで買い集めた無数の写真が、難民一人ひとりにそれぞれの人格と暮らし、歴史があることを想像させます。
オーストラリアで最初に本作を発表した際、レの脳裏には2010年12月15日に豪領クリスマス島沖で起こった難民船座礁事故の悲劇がありました。スクリーンに映る燃える帆船のイメージは、1770年にオーストラリアの地に降り立ったキャプテン・クックのエンデバー号を連想させ、難民を排斥する人々もまたかつては移民であったことを示唆するのです。
文:荒木夏実(森美術館キュレーター)
《抹消》
2011年
シングルチャンネル・ビデオ、カラー、サウンド、写真、石、木製ボートの断片、木製通路、コンピューター、スキャナー、ウェブサイト(erasurearchive.net)
サイズ可変、7分
Commissioned by Sherman Contemporary Art Foundation, Sydney, 2011
Supported by Nicholas and Angela Curtis
展示風景:「ディン・Q・レ:明日への記憶」森美術館、2015年
撮影:永禮 賢
<関連リンク>
・ディン・Q・レ展:明日への記憶
会期:2015年7月25日(土)-2015年10月12日(月)
・語られることのなかった物語~ディン・Q・レ作品紹介
(1)「フォト・ウィービング」シリーズ
(2)《農民とヘリコプター》
(3)《抹消》
(4)《南シナ海ピシュクン》
(5)《人生は演じること》
(6)《光と信念:ベトナム戦争の日々のスケッチ》