森美術館で好評開催中の「MAMプロジェクト017: イ・チャンウォン」(2012年10月28日まで)。前回、イ・チャンウォンが彫刻の素材として食品を好んで使う理由について語った荒木。最終話では、チャンウォンの人となりや、出展作《パラレル・ワールド》に見る彼の世界観について聞きました。
― チャンウォンの考えかた、人間としての一面を教えてください。
荒木:彼は奥さん(イ・セキョン)と大の仲よしで、今回も一緒に来日しましたが、とても素敵なコンビです。奥さんもアーティストでドイツに2人で留学しています。作品をつくるときは、奥さんが良きアシスタントとなり、2人で黙々と制作していました。
イ・チャンウォンと、奥様で作家のイ・セキョン
Photo: Jeongwoo Lee
チャンウォンは本当にナイスな、いい人です。その彼からしてなぜあのような批評性のある作品が出てくるかというと、常に「ある面」だけを見られている自分、あるいは、「ある態度」をとっている自分というものに対して、またそれを評価する外部に対して、非常に冷静な目、どちらかというと疑いの目があるからだと思います。だから、自分の中の別の自分のようなものを常に意識しているし、他者とつき合っていても、その人のほかの面を想像することができるのではないでしょうか。
今回展示している作品の《パラレル・ワールド》のタイトルが示すように、世界は1つじゃないし自分自身も単一ではない。常にいろいろな可能性があるし、あらゆる人が唯一のキャラクターを持った人間ではないということ、歴史や報道も1つではないし、何が本物で、何がその影なのかは区別が難しい。このようなことについて、チャンウォンは常に冷静な目を持っている人だと思います。
展示風景「MAMプロジェクト017:イ・チャンウォン」
《パラレル・ワールド》 2012
森美術館
撮影:木奥恵三
― チャンウォンが見る、パラレル・ワールドとは?
荒木:彼は、移ろいやすい人の評価や、政治的な問題などを、かなり冷静に観察していると思います。特に、周りの意見に左右されやすい人間の
今回展示している作品《パラレル・ワールド》では、壁に反射した光のシルエットを見ると「わあ、かわいい、楽しそう」と思うかもしれませんが、展示台の上の新聞や雑誌の切り抜き写真を見るとその悲惨さに驚かされます。でも彼は、世界の惨状を見せてショックを与えようと思っているわけではなく、表現とモラルの狭間にある曖昧なリアリティーについて考えているのです。素材となった元の報道写真と、壁に映し出される軽やかなシルエットとの関係性、つまりどこにオーナーシップがあるのかということや、何が本物で何がそれの影なのかというようなことを、真剣に考えていると思います。このような視点は、今の時代にとても重要なものだと痛感しています。
展示風景「MAMプロジェクト017:イ・チャンウォン」
《パラレル・ワールド》 2012
森美術館
撮影:木奥恵三
荒木夏実 (森美術館キュレーター)
1994年より財団法人三鷹市芸術文化振興財団学芸員として、「曽根裕展-SCOOP-」(1996年)、「サイモン・パタソン展:言葉とイメージの遊戯室」(1998年)などを手がける。2003年より現職。担当した主な企画展に「ストーリーテラーズ:アートが紡ぐ物語」展(2005年)、「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展(2007年)、「万華鏡の視覚:ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団コレクションより」展(2009年)、「小谷元彦展:幽体の知覚」展(2010年)などがある。
・インタビュー:「MAMプロジェクト017: イ・チャンウォン」 キュレーター・荒木夏実
(1)韓国のアカデミックなアート教育と、それから解き放たれた「儚い彫刻」
(2)素材に見る西洋×東洋、様々な文化的、政治的背景、歴史、社会構造
(3)現実とその影の狭間に、冷静なまなざしを向ける~
・「MAMプロジェクト017:イ・チャンウォン」
会期:2012年6月16日(土)~10月28日(日)