森美術館で好評開催中の「MAMプロジェクト017: イ・チャンウォン」(2012年10月28日まで)。本展を企画した荒木夏実(森美術館 キュレーター)に、イ・チャンウォンという作家のバックグラウンドや、作品の特色について訊きました。
イ・チャンウォン
撮影:木奥恵三
― イ・チャンウォンとは、どのようなアーティストですか?
荒木:1972年生まれで、ソウル国立大学で彫刻を学んだ後、ドイツに渡って、ミュンスター彫刻アカデミーで勉強するなど、10年以上ドイツを拠点に活動していました。その後、2011年にソウルに戻り、今はソウルで活動を続けています。
ミュンスター芸術アカデミーで、ドイツを中心とした新しい彫刻の潮流からさまざまな刺激を受けて独自のスタイルをつくっていきました。
この学校はとても自由な雰囲気があって、かっちりとしたカリキュラムは特になく、学生たちの自主性に合わせて好きな制作活動をのびのびとできるような環境だったようです。また教授陣も豪華で、それこそトニー・クラッグとか、カタリーナ・フリッチュのような有名アーティストに自分の作品を見てもらって意見を聞くことができたそうです。
Kunstakademie Münster
ドイツのアトリエで制作中のイ・チャンウォン
彫刻の素材としては、一見意外なものと思われるプラスチック製品
― 韓国のアート教育とは、どういうものなのでしょうか?
荒木:チャンウォンの話を聞いていると、かなり日本の教育に近いところがあります。美大に入るのに、デッサンを何枚も何枚も描いて、技術を得るために
ですからドイツで、伝統的な彫刻が目指していた、ずっとそこに存在し続けるモニュメンタル的なものからどんどん離れていく傾向の作品に、とても感銘を受けたんですね。もっと違う素材を使って、ある場所で、ある時、ある期間だけ成立するような、インスタレーション的な彫刻から、いろいろ刺激を受けたりヒントをもらったりしたと思います。
《聖なる光》
2005
Installation view: Kunstakademie Münster, Germany
― そのような環境で育ったチャンウォンの彫刻の特色を教えてください。
荒木:従来の彫刻は、例えば、非常に堅い金属で永遠に維持できるような素材を使って恒久性を求めるようなアプローチが多いと思いますが、それとは正反対の、きわめて繊細で壊れやすく変わりやすい素材を、あえて彫刻のために使うというところが特徴です。
チャンウォンは、「アンディ・ゴールズワージーがすごく好きだった」と語っています。ゴールズワージーは自然の中にある木や石、葉っぱなどでインスタレーションをつくる作家ですが、そのような変化する、あるいは消えてしまうような素材には、かねてから関心があったようです。
アンディ・ゴールズワージー
《編まれた竹/紀伊長島町/1987年11月29日》
1987年
名古屋市美術館蔵
©Andy Goldsworthy
街中で存在し続ける恒久的な彫刻でなく、消えてなくなってしまうような、はかない素材を使って、イメージをつくり出すことに興味を持ったわけです。
恐らく、彫刻の伝統とその限界についても意識していたのではないでしょうか。
荒木夏実 (森美術館キュレーター)
1994年より財団法人三鷹市芸術文化振興財団学芸員として、「曽根裕展-SCOOP-」(1996年)、「サイモン・パタソン展:言葉とイメージの遊戯室」(1998年)などを手がける。2003年より現職。担当した主な企画展に「ストーリーテラーズ:アートが紡ぐ物語」展(2005年)、「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展(2007年)、「万華鏡の視覚:ティッセン・ボルネミッサ現代美術財団コレクションより」展(2009年)、「小谷元彦展:幽体の知覚」展(2010年)などがある。
<関連リンク>
・インタビュー:「MAMプロジェクト017: イ・チャンウォン」 キュレーター・荒木夏実
(1)韓国のアカデミックなアート教育と、それから解き放たれた「儚い彫刻」
(2)素材に見る西洋×東洋、様々な文化的、政治的背景、歴史、社会構造
(3)現実とその影の狭間に、冷静なまなざしを向ける~
・「MAMプロジェクト017:イ・チャンウォン」
会期:2012年6月16日(土)~10月28日(日)