2012年7月24日(火)

社会に対するパンクな精神に共感する
松井冬子×片岡真実 MAMCナイト対談ギャラリートーク(5)

「イ・ブル展」MAMCナイトで、画家の松井冬子さんをゲストに迎えて行った対談ギャラリートークの連載。最終回の今回は、トーク中、様々な点でイ・ブルと自身の共通点、違いを語ってくれた松井さんが、イ・ブルのかつての飼い犬がモチーフとなった《秘密を共有するもの》を鑑賞しながら、松井作品にも多数登場する「犬」への考え、先般の横浜美術館での個展タイトルにも冠された作品《世界中の子と友達になれる》についての思いを語りました。


MAMCナイト会場風景
撮影:御厨慎一郎


《秘密を共有するもの》
「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」展示風景
撮影:渡辺 修

松井:(《秘密を共有するもの》を見て)この作品はすごく好きですね、ロマンティックで。

片岡:特に夜来ると、向こう側への映り込みが素晴らしいです。

松井:景色が見えて昼間もよかったですよ。イ・ブルさんの犬が嘔吐したときの情景が目に浮かぶような感じがして。

片岡:後ろみると、すぐに犬だということはわかりません。ブルーノ・タウトの《アルプス建築》の作品らを見た後だと、昼間は窓の向こうの景色と重なって見えます。横から見ると、「スタジオ」セクションで見た子犬たちが、最終的にはこういう形になって大量の吐瀉物を出していることに気が付きます。輝きと吐瀉物。本来、美と醜でいえば、醜のほうに属するものを、こういった素材であえてつくっている。


MAMCナイト会場風景
撮影:御厨慎一郎

松井:イ・ブルさんから見えていた、犬の嘔吐というものが美化されているというか、そういう見え方というのが、また悲しさを煽るというか。嘔吐を嘔吐として描いてしまうと、美術としては成り立たないのですが、悲しみを背負った美しいものという印象をこの作品からは感じとれて、そこが魅力です。

片岡:本人も、犬というモチーフがあからさまに見えていると、我々がすでに共有している犬のイメージと簡単に連結してしまうので、「犬である」ことを認識するまでに、あえて距離をとるようなことを配慮しているのがわかります。そして顔と嘔吐物の境界もどこにあるのかわからないですよね。


MAMCナイト会場風景
撮影:御厨慎一郎

松井:そこがいいと思います。嘔吐と顔が混ざっているような感じになっていて。

片岡:松井さんの作品にも、いつも登場する白い犬がいますよね。ご自分の犬ですか。

松井:いえ、小さいころシェパードを2頭飼っていたので、それから犬に対するシンパシーというか、人間として見てしまう癖はついているし、大型犬じゃないと愛着が持てないような性質になってしまっています。あの犬自体はボルドー犬を描いて製作しましたが、犬は小さいころから一緒に育ってしまうと特別な愛情がわきますよね。

片岡:犬によって形や骨格などいろいろ違うと思いますけれど、松井さんの描く絵に登場する犬は、ご本人と似ていて、本当にロングヘアで、スレンダーな感じの犬ですよね。


松井冬子
《切断された長期の実験》
2004
53.0×79.5cm
絹本着色、軸

松井:「ちゃんとご飯あげてください」と、みんなに言われるんですけれど(笑)。

片岡:犬の形では、好きな形はありますか。

松井:形もそうですが、犬の持っている魅力は俊敏性だと思います。犬は走っている姿が一番格好いいです。
イ・ブルさんの作品の犬は、ヨボヨボのおじいちゃんがクターっとなっている感じが好きですね。老犬というのも魅力があって、成犬よりも、もっとずっといい魅力、味わいがあると思います。

片岡:イ・ブルの家は高台にあって、向こうの景色、ソウル市内がこんな形で見えます。15年以上一緒にいた犬が弱って食べたものを嘔吐してしまう。夕日が沈んでいく市内の光景に向かって、犬が嘔吐をしていたのをイ・ブルが後ろから見ているというイメージが非常に強く脳裡に残っていた。そのことと、今回の展覧会で、自分自身の20年間を多くの観客と何らかの共有するというイメージが重なり合って、この新作が生まれました。自分の作品を見てもらう人に、自分の内面にある何らかの思いを共有してもらう感覚というのは、松井さんにもありますか?

松井:私の場合は、イ・ブルさんほど積極的ではなくて、何万人に1人ぐらいの感じです。といっても、何万人に1人というのは結構多いですけれどね。たった1人に向かってズガンと届けばいいという考え方があるので、多くの人に共有してもらいたいという考え方は、あまりないですね。

片岡:《世界の子どもたちと友達になれる》というのは。

松井:《世界中の子と友達になれる》は、小さいころに私が本当にそう思っていた言葉です。田舎で育ったので、人口も少なく、周りの子と遊ぶのが楽しくて、それが世界の1つでした。「このままいけば、本当に世界中の子と友達になれる」と思ったわけです。
大人になるにつれて、それは無理なことで、狂気の発言だということに目覚めていった。そういうアンバランスな狂気と希望の入り混じった言葉として、横浜美術館の今回の展覧会にさせていただきました。


松井冬子
《世界中の子と友達になれる》
2002年
絹本着色、裏箔、紙
181.8×227.8 cm

片岡: 松井さんご自身もアーティストで、ご自分の仕事ぶりとは違うと思われたでしょうけれど、女性であり、非常に力強い作品をつくっているアーティストとして、イ・ブルに共感するところがあるとすれば、どんなところですか。

松井:社会に対して、いろいろな考え方を持っているというところじゃないでしょうか。簡単な言い方だと、パンクな精神といいますか、社会に対してアタックしていくという果敢な気持というのは、シンパシーを感じるというか、志として美術家として、そうありたいなと思います。

片岡:イ・ブルは人間が生きている条件、「ヒューマン・コンディション」という言葉をよく使いますが、人間が生存している状況がどういうものであるのかを、常に問いかけているように思います。独裁者のような別の人間が個人の存在を制御すること対して、非常に強い警戒心を持っている。
その時点では、女性であることは恐らく超越している。初期には「フェミニズムのアーティスト」と解釈をされたこともありましたが、本人はたまたま自分が女性であったからそうなっただけで、自分から発した社会に対する拒絶感だったり、警戒心であったり、それを警告したいということだったようです。

松井:そうでしょうね。「フェミニスト」でくくるのは、ちょっと間違っているかなと私も思いました。作品群を見ていると、大きな社会への攻撃という感じがしているので。

片岡:昔、彼女のパフォーマンスを手伝っていて、今は国際的に活躍する韓国人アーティスト、ジョン・ヤンドゥは、イ・ブルのことを、「女性戦士みたいな人だ」と言っていましたね。

松井:なるほど。

片岡:最後に一言、今日の感想などいただけたら。

松井:片岡さんのご説明がとても上手で、私は本当に3倍ぐらい楽しめました、ありがとうございました。

片岡:ありがとうございました。松井さんのご意見を聞かせていただいて、皆さん、3倍以上楽しんでいただけたらよかったなと思います。どうもありがとうございました。

<関連リンク>

・松井冬子×片岡真実 「イ・ブル展」MAMCナイト対談ギャラリートーク
第1回 松井冬子さんとイ・ブルの共通点、作品に込められた「不安・恐怖・痛み」
第2回 彫刻家と画家の違い、〜制作のスタンス・大事にする感覚・進め方
第3回 松井冬子の「死」、イ・ブルの「ユートピア」
第4回 説明無しでも強烈なエネルギーを発する作品
第5回 社会に対するパンクな精神に共感し、そうありたいと思う

「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」
会期:2012年2月4日(土)~5月27日(日)

設営風景「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」(flickr)

「イ・ブル展」アーティストトーク2012/2/4(flickr)

展示風景「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」(flickr)

「イ・ブル展」はこうしてつくられた!
普段見られない舞台裏に潜入したフォトレポートをご紹介します。(Blog)

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