2012年7月12日(木)

彫刻家と画家の違い、~制作スタンス・大事にする感覚・進め方
松井冬子×片岡真実 MAMCナイト対談ギャラリートーク(2)

「イ・ブル展」MAMCナイトで、画家の松井冬子さんをゲストに迎えて行った対談ギャラリートーク。前回は、作品に表現される「不安や怖れ」について語った松井冬子さん。
松井さんの作品に見られる「あやとり少女」との共通項や、作品に使用された素材やモチーフ選びに関するイ・ブルの思想を探るうちに、彫刻家と画家の違いが見えていきました。


「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」展示風景
撮影:渡辺 修

片岡:こちらはイ・ブルの《出現》です。19世紀のフランスの画家ギュスターヴ・モローの作品名《出現》(原題Apparition)。ユダヤのへロディアの娘サロメが王様の前で舞を踊り、褒美に洗礼者ヨハネの生首をもらうという話は、多くの芸術が描いてきたモチーフです。ほとんどの絵画では、生首がお盆に載せられているのに対して、ギュスターヴ・モローの絵画では、生首が宙に浮きながら、サロメの彫刻の左手がそれを指差しているという構図がとられており、イ・ブルの《出現》のポーズや装飾はここから触発され、発展しています。

松井:彫刻って、重力を一番大事にする分野ですよね。浮いているという感覚は、彫刻家にとって不思議な感覚ではないでしょうか。同時に「宙に浮かせる」ということも、彫刻家にとって、すごく難易度の高い事。モローの「首が浮いている」というのは、彼女にとって強いインパクトがあったのではないかと想像しています。

片岡:こちらの《断食芸人》はロボットの様でもあり、不思議な3本足です。四本足の1本が欠けているのか、もしくは二本足にもう1本加わったのか。その三本足の謎と、何らかの生命体の様なこの物体からキラキラとした中身が出ているという事象、「中身が外に出ていく感じ」は、この後に続くイ・ブルの作品の中で何度も登場する形です。松井さんのドローイングにも、女の子がイスに座って自分の内臓を出しているのがありましたよね。
松井さんとイ・ブルの作品には、自分の内面を外在化していく感覚という共通項があるように感じましたがいかがでしょうか。


松井冬子
《構想》
2009
53.1×46.6cm
鉛筆、紙

松井:「あやとり少女」と呼んでいますが、自分の内臓であやとりをしている女の子の絵を描いています。
身体というのは、脳が出す信号によって動いているものだから、基本的にはバラバラなイメージですが、私にとっては自分の体、自分というのは頭のてっぺんからつま先まで、もうこの範囲でしかないという考え方で、内臓全部が自分のものという実感があります。

イ・ブルはビーズとか結構チープな素材を使っていますが、その素材選びは少しフェミニスト的な考え方からきているのでしょうね。ダイヤとか高価なものを使うのではなく、かつての韓国で女性がビーズなどのチープなものを沢山生産するつくることで大きな労働力を得ているということへの批判的な考え方から、こういった素材を使っていると。

片岡:彼女の両親は左翼的な思想を持っていて、80年代末の独裁政権が終わるまで、父親は長い間職に就くことができず母親が内職で家計を支えていました。このような素材はイ・ブルにとっては非常に身近な、いつも家に大量にあったということがひとつ。そして、松井さんのご指摘のとおり、成長を続ける韓国経済は、男性中心社会では彼らの功績のように思われがちですが、実際に国の発展の背景にあるのは、多くの安い労働力であり、それは実際には女性の手作業だというメッセージを込めています。
一方で、彼女自身は手先を使うことが個人的に好きだということもあります。絵もそうですけれど、細かい作業をしていると幸せな気分になるらしいです。
松井さんは、手先で何かをつくったりすることはあまりありませんか?

松井:全然ないですね。私が集中できるのは平面だけです。


MAMCナイト会場風景
撮影:御厨慎一郎

片岡:今回の展覧会のために、展示のセクションとは別に、彼女自身の制作風景を想像してもらうためにローイングと彫刻の模型の部屋をつくりました。「スタジオ」の雰囲気を再現したようなかたちです。
横浜美術館で開催中の松井さんの展覧会にもドローイングの部屋があって非常に興味深く思いました。松井さんの場合には、日本画という独特の絵画技法とも関係していますよね。

松井:日本画の場合は、下図というのをしっかり構築していって、それから本当の絵を描いていくという過程があるので、制作プロセスを見せるものを多く展示させていただきました。

片岡:展覧会タイトルにもなった作品《世界の子どもたちとみんな友達になれる》でも、女性をどこに配置するか、さまざまな構図を検討されている様子がうかがえました。

松井:当時はまだ10何年か前なので本当にアナログで、コラージュのような形で、本画の構成を決めていきました。最初のアイディア出しのプロセスに一番時間がかかります。
イ・ブルさんはどうでしょうか。アイディアが浮かび、素材と質感と大きさとかが決まっていけば、あとは進むだけなのですが、「こういうものがつくりたい」「こういうものを具現化したい」というアイディアが頭に浮かぶまでが大変です。その分、引き出しもたくさん必要ですし、考えや哲学なども必要になってきます。

片岡:設計図的なものから、実際の彫刻作品の完成図のイメージに近いドローイングなど、いくつか種類があります。私がおもしろいなと思ったのは、壁沿いに並んでいる抽象的な形の模型です。彼女の初期の作品には、わりと色が使われていますが、そのあとはモノクロームになっていきます。これらのカラフルな模型から分かるように、彼女の頭のなかは模型の段階では非常にカラフルなのだということに関心を持ちました。それは完成品には無い要素です。
イ・ブルは、「ドローイングと模型をつくっている間は、自分はとても自由なので、色と戯れることも好きだし、いろいろ試してみる」そうです。それを実際に彫刻という形にしていくプロセスで、例えば同じ赤でも、「小さい赤だといいけれど、大きくなるとちょっと違う」というような色そのものの持つムードなどを考慮する。「そのボリューム感との関係で、だんだんできないことを削ぎ取っていって最終的な形になるので、逆にドローイングの世界では、ものすごく遊んでいる」そうです。

松井:最初のうちは楽しくて、色も使いたいという気持ちもよくわかります。色は本当に難しくて、多分、イ・ブルさんの場合は彫刻家らしく、外側の形、マスなどを中心においているので、そこを見せたいとなったら、色は逆に余分なものとして消されているのではないかな。

片岡:今回は、最後の展示室で本展の新作をご覧いただきますが、モチーフは彼女が15年以上一緒に住んでいた犬です。その犬が亡くなり、彼女もちょっと病気をしたりして、なかなか外に出られなかった数カ月の間に約30体の犬の模型をつくり、最終的な犬の素材、色、ボリューム感をずっと模索をしていたらしいのです。
素材を選ぶときの30という種類はすごいです。

松井:彼女のアトリエって、鉄や木、ビーズなど、非常に様々な種類の素材が置かれているんですね。棚に何の素材が置かれているか見てみたかったです。見ごたえがあるというか、遊びに行きたくなる工房ではないでしょうか。


「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」展示風景
撮影:渡辺 修

片岡:アトリエはソウルの小高い山にあって、ドローイングと制作のための2部屋があります。
ドローイングの部屋の壁は実際ドローイングでほぼ埋め尽くされていますが、何かアイディアを思いついたときに、とりあえず絵に描いたり、メモを描いたりして、全部壁に貼っておくそうです。あるときにピンときて、何かの形に変わっていく瞬間を待つためにドローイングがあり、デスクがあり、自分がいつも座るという場所がある。
作るものが決まったあとは、隣にある別の制作スタジオに移ります。ビーズ、チェーンなど、さまざまな素材が置いてあって、アシスタントと共に大量の細かい素材を1個1個、手で作っていくプロセスです。
ドローイングのための部屋は1人用の部屋で、毎朝1枚はドローイングを描くと決めているみたいですけれどね。
松井さんの展覧会もそうでしたけれど、ドローイングなどの構想の部分と、完成した作品を両方見られる事で、リアルな感じがして、ヴィヴッドに伝わってきます。

松井:美術家でない限りは、完成形だけ見てしまうと、あまり身近に感じられないというか、「ああ、こうやってつくったな」というのは美術家にはわかってもらえると思いますが、美術家でない人にとっては、「こうやってつくっているんだ」という素直な気持ちで見られるということで、とても親切な展示だと思います。

<関連リンク>

・松井冬子×片岡真実 「イ・ブル展」MAMCナイト対談ギャラリートーク
第1回 松井冬子さんとイ・ブルの共通点、作品に込められた「不安・恐怖・痛み」
第2回 彫刻家と画家の違い、~制作のスタンス・大事にする感覚・進め方
第3回 松井冬子の「死」、イ・ブルの「ユートピア」
第4回 説明無しでも強烈なエネルギーを発する作品
第5回 社会に対するパンクな精神に共感する

「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」
会期:2012年2月4日(土)~5月27日(日)

設営風景「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」(flickr)

「イ・ブル展」アーティストトーク2012/2/4(flickr)

展示風景「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」(flickr)

「イ・ブル展」はこうしてつくられた!
普段見られない舞台裏に潜入したフォトレポートをご紹介します。(Blog)

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