写真の登場によって、いわば絵画や彫刻以上に"写実的"な描写が可能となりました。印象派やキュビズムなどは、写真の登場に大きく影響を受けたと言われています。メンバー限定イベント「MAMCナイト」で行われた相澤邦彦(森美術館コンサヴァター)によるトークの第2章は、「今日の現代美術のルーツ」の一つ、写真についてです。
トーク後の様子
相澤邦彦:デジタル出力の技術が進歩したおかげで、大型の写真作品が登場するようになりました。最近では、額縁がない写真もあります。そういう作品はシワや波打ちを防ぐために、ほとんどの場合、裏側にアルミ板やアクリル板が貼り付けられています。こうした展示方法は、写真の表面が剥き出しになるので傷むリスクは高まりますが、見た目がカッコイイこともあって、多くの作家さんが好んで採用しています。しかし、傷や汚れがついたら除去するのは難しいので、写真の再出力が必要になってしまいます。
なかには、写真の裏側だけでなく表面にも透明なアクリル板が貼られているものもあります。「これなら、写真の表面が保護されるから安心」と言いたいところですが、アクリル板に傷がついたり劣化したりすると、やはり写真を再出力しなければなりません。アクリル板だけを剥がして交換することはできないからです。
先ほどから「写真の再出力」と言っていますが、実はこれにも問題があります。たとえ写真のデータが残っていたとしても、出力機械や紙はどんどん世代交代していくので、10年後、20年後には、完全に同じ質の作品は再現できない可能性が高いのです。そのため、美術館によっては同じ写真を二枚購入し、一枚は展示用に加工、もう一枚は加工しないで収蔵庫に保管するところもあります。
写真の登場は、視覚芸術の歴史における転換点と言われています。写真がなかった頃は、絵や彫刻は芸術性だけでなく、できるだけ本物そっくりに作ることも重要でした。物事をありのままに描写する手段がそれ以外になかったからです。しかし写真が発明されると、誰でも簡単に、しかも大量に、物事を忠実に再現できるようになり、絵画や彫刻は"写実的"という意味においては、写真にかなわなくなってしまったのです。すると、芸術家たちは写真にはできないことを目指そうとしました。例えば、印象派は画家が感じた光や空気、あるいは色そのものをとらえようとし、キュビズムは対象のシンプルな構造をとらえようとしました。さらには抽象絵画にも写真は影響を与えたと言われています。
「小谷元彦展」の《インフェルノ》のような映像も、現代美術の変化の一つだろう
制作技法の多様化を促した写真の登場は、今日の現代美術のルーツの一つだと私は思っています。「図像を描く、とらえる」という歴史の流れのなかで写真が生まれ、次に映画が生まれ、やがてテレビが生まれました。今では携帯電話で写真が撮れるし、テレビも見られます。最近では3Dのメディアも登場しています。これらはすべて、つながりのある変化です。古典作品と現代美術は、一見まったく別のものに見えますが、違いはあっても断絶しているわけではありません。脈々と流れる時間の中で、少しずつ変化してきたのです。古いものがあるから、新しいものが生まれてくるのだと思います。
これからも美術はどんどん変化していき、それに伴い、保存・修復にもいろいろな難しさが出てくるでしょう。今回は現代美術に焦点を絞ってお話ししましたが、いつの時代のどんな作品であろうと、個々の特性を把握して対応していくことが重要だと私は思っています。
<関連リンク>
・コンサヴァターの視点と思考
第1回 プラスチックがもたらした、繊細な表現と未知のリスク
第2回 写真の登場と現代美術
・「小谷元彦展:幽体の知覚」
会期:2010年11月27日(土)~2011年2月27日(日)
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