使われる素材も構造も複雑な現代美術は、取り扱いが非常に難しいものが少なくありません。当然、輸送や展示は大変になりますが、その難しさは「特徴であって、欠点ではない」と、相澤邦彦(森美術館コンサヴァター)は言います。それはなぜなのでしょうか。ひと味違う角度からアートを紹介するメンバー限定イベント「MAMCナイト」。今回は、相澤が保存と修復の観点から、素材をフックに現代美術の背景に迫りました。そのトークの模様を2回にわたってお届けします。
森美術館コンサヴァターの相澤が「舞台裏話」を披露
相澤邦彦:実はちょうど一年前、「医学と芸術展」でもコンサヴァターの仕事についてお話ししました。そのときはダ・ヴィンチの素描を展示するための環境づくりを中心に紹介したので、今回は現代美術ならではの素材について、保存と修復の観点からお話ししたいと思います。
「現代美術の保存と修復」と言うと、「え? 古い絵画や仏像と違って、新しいんだから壊れたり傷んだりする心配はないんじゃないの?」と思うかもしれませんが、厳密に言うと、作品とその素材は、完成した瞬間から劣化がはじまります。例えばCDは、1980年代に登場した当時、「レコードと違って半永久的にもつ。音が絶対に変わらない」というようなキャッチコピーを使っていましたが、実際は表面をプラスチックでコーティングしているので、劣化するし傷もつきます。当然、音も変わっていきます。時間とともに、素材は劣化していくんです。
現代美術では、使われる素材が多岐にわたります。作品の解説プレートの素材欄に「ミクスト・メディア(mixed media)」と書かれていることがあるように、いろんな素材を組み合わせて作られる作品が多いのです。この背景には、ヨーロッパで起こった産業革命以降、さまざまな素材が大量生産されるようになり、安く手に入るようになったということがあります。もちろん、今も新しい素材がどんどん発明されています。昔と違って、現在は使える素材が豊富になったのです。それにともなって、形状の複雑な作品が登場するようになりました。が、素材の組み合わせや形状によっては、構造的な弱さが生じることがあります。この場合、輸送や展示の際などの取り扱いがとても難しくなります。現代美術の保存・修復に携わる者は、こうした素材の情報や特性を可能な限り把握しなければなりません。
解説を聞きながら作品を鑑賞するメンバー
一つ、具体的な素材を例にお話ししましょう。現代美術の作品には、プラスチックが使われているものがあります。ブロンズや大理石と較べて、プラスチックは非常に加工しやすいので、繊細な形状の作品を作れます。なので、作家さんにとって魅力的な素材だと思います。かつての美術作品は、宗教や権力者のために作られていたことも多く、その場合作家さんの個性を前面に出すことは必要とされなかったと言えるかもしれません。しかし現代美術では、作家さんの個性や心に描いたイメージの表出が表現性として問われるからです。
今では私たちの身の回りにもたくさんのプラスチック製品がありますが、プラスチックの発明は産業革命期をルーツとしていて、本格的に市販されるようになったのは20世紀に入ってからのことです。そのため、作られてから100年以上経っているものは基本的にありません。データの取りようがないので、正直なところ、プラスチックの作品はいつまで保存できるのかわかりません。それでもできる限りなんとかしなければならないのが、コンサヴァターの仕事だと思います。
現代美術は作品の形状や外見を重視するあまり、構造的に弱かったり劣化しやすかったりすることがありますが、それは特徴であって、欠点ではないと私は思います。時代や社会の変化、科学技術の進歩など、さまざまな歴史的背景や理由があって今の状況に至ったわけですから。つくりが弱いから作品としての価値がないとか、劣化しやすいから人に感動を与えないということにはならないのではないでしょうか。
≪次回 第2回 写真の登場と現代美術 に続く≫
<関連リンク>
・コンサヴァターの視点と思考
第1回 プラスチックがもたらした、繊細な表現と未知のリスク
第2回 写真の登場と現代美術
・「小谷元彦展:幽体の知覚」
会期:2010年11月27日(土)~2011年2月27日(日)
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