2010年7月21日(水)

作家が紡ぎ出す、抽象化された自然のインスタレーション~インタビュー:ネイチャー・センス展を目前に(3)

「ネイチャー・センス展」では、吉岡徳仁、篠田太郎、栗林隆という3人の作家の、スケール感ある新作インスタレーションによって、私たちのネイチャー・センスの覚醒を試みます。今展を企画したキューレーターの片岡真実に、展覧会の見所について訊きました。


吉岡徳仁《スノー》 2010 (1997~)

--3人の作家は今展テーマにどうアプローチをしていますか?

片岡:吉岡徳仁さんはデザイナーでありアーティストでもありますが、大量の工業製品や素材を使いつつ、光、雪、嵐など自然現象を体感させるダイナミックな空間デザインで知られています。《ToFU》や《Tear Drop》という照明器具では光そのものをデザインし、《ウォターブロック》や《雨に消える椅子》など光学ガラスの椅子では水を表現するなど、定量化できないものの美しさを機能ある商品の中で追求している。心の高揚や感動も形にできませんが、「デザインとは、形を得ることで完成するものでなく、人の心によって完成するもの」と吉岡さんは言います。

--篠田太郎さんはどんな作家でしょうか?

片岡:篠田太郎さんは4歳までロスに住み、造園を学び「自然と人間の新しい関係」をテーマに、人間の体内から宇宙まで、それこそ森羅万象や天地万物を観察対象に作品を発表してきました。彼の捉える自然はいわゆる原生林や野生の自然に限定されず、駐車場やゴミ処理現場など、身近にある現代の都市空間も含む宇宙全体に宿るバイブレーションです。そのなかで彼は美しいものを探している。彼は、「『自然と人との関係性』を考えることが重要」と言い、「そのために、私達の生活、社会、文化を含め自然を完全に抽象化する」ことに興味があると言っています。

--栗林 隆さんはどのような作風で制作しているのでしょう?

片岡:栗林 隆さんは留学し12年間もドイツに住んで、国際展でも活躍している作家ですけれど、もともとは日本画を学んでいて、線1本で領域が分断されたり、層を重ねていくといった日本画の特性から、二分される領域やレイヤーの多義性に関心を持ち、それを三次元の空間構成、インスタレーションへと発展させてきました。サーファーなので、水面から首だけ出している体感などもおそらく作風に影響していて、アザラシ、ペンギンといった陸と水面下の両方の領域を行来する動物を登場させ、上と下、右と左、あちらとこちらといった二元論的に分断された世界を3次元空間で表現しています。そして、その視点の移動によって新しく見えてくる世界も暗示しています。


吉岡徳仁 《スノー》新作のためのドローイング 2010 年

--森美術館には3つの大きなギャラリーがあるので、それを3人の作家に委ね、大スケールのインスタレーションで観客に体感をしてもらうということですが、どんな新作が登場しますか?

片岡:吉岡さんは《スノー》(横15mx縦6mx高さ6m)という作品で、透明な巨大空間の中で高級羽毛数百kgを使い、吹雪が舞う風景を作り出します。布団一つに1kgの羽毛が使われているそうですが、高級羽毛ってほんとうに軽くて柔らかく、手のひらに載せても感じないくらいです。それらがゆっくり舞い落ちる光景は、雪がしんしんと降り積もる様子を美しく再現してくれると思います。水の中で輪郭を失い、水と一体化する光学ガラスの作品《ウォターフォール》も展示されます。


篠田太郎 新作のためのドローイング 2010 年

--東京で5年ぶりの作品発表となる篠田さんの新作も楽しみですね。

片岡:篠田作品《忘却の模型》では、赤い液体の滝が白いテーブルの上に落ちてきて、四周の溝に流れ落ち、テーブルの下のタンクに集約されて、再び滝となり流れ、血液の循環を彷彿とさせます。平らな地面から天を仰いでいた、古代の人々の宇宙観や身体の新陳代謝へと意識を促します。この作品が展示される空間の外側には駐車場や廃棄物処理場と動物園のバクがからみあう映像の三部作(新作)が紹介され、都市空間も含めた篠田さんの自然観を示唆します。


栗林 隆 新作のためのドローイング 2010 年

----栗林さんの新作はどのようなものでしょうか?

片岡:ギャラリーに木々が不可思議に浮遊する空間を作り、中央にある穴から頭を出してみると白いカラマツの林が見えるという《林のための林》や、《インゼルン》では巨大な山の頂上に、世界地図が出現します。観客は山の周囲の足場を上り、視点を変えた所で、初めて世界を目にし、それが、壮大な宇宙のほんの一部であることに気づかされます。

吹雪や滝や森。3作家が紡ぎ出す、枯山水のように抽象化された自然のインスタレーション。そこに身を浸すことで、自然も人間も一体となった宇宙観や森羅万象に宿る日本古来の宗教観が、観客の体内に蘇ってくるかもしれません。

《最終回 第4回「『ネイチャー•センス』喚起!見えてくる日本のカタチ」へ続く》

(聞き手:玉重佐知子)
 

【玉重佐知子プロフィール】
文化ジャーナリスト。早稲田大学卒。1988年渡英、ロンドンで西洋美術史、映画文化人類学を学んだ後、ロンドンを拠点にNHKやBBCなどのドキュメンタリー番組制作に関わる一方、美術、建築、デザインについて、アエラ、日経アーキテクチャー、BT(美術手帖)、Blue Print他に執筆。英国や日本の文化政策や文化を起爆剤にした地域振興戦略を追っている。書籍「Creative City アート戦略EU•日本のクリエイティブシティー」(国際交流基金/鹿島出版会)の一部執筆。
 

<関連リンク>
・連載インタビュー:ネイチャー・センス展を目前に(全4回)
第1回 日本の自然観を再考し、日本固有の文化を紐解く
第2回 「自然(しぜん)から「自然(じねん)」へ
第3回 「作家が紡ぎ出す、抽象化された自然のインスタレーション
第4回 「ネイチャー•センス」喚起!見えてくる日本のカタチ

「ネイチャー・センス展: 吉岡徳仁、篠田太郎、栗林 隆
 日本の自然知覚力を考える3人のインスタレーション日本の自然知覚力を再考する」

 会期:2010年7月24日(土)~11月7日(日)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
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