2010年7月 2日(金)

豊かなレイヤーが織り成す普遍性と強いインパクト 〜「新しい人間関係の海へ--《S/N》が切り拓く対話の可能性--」(2)

「私にとっての《S/N》」を語る7人の出演者たち。後半4人のトークは、作品の構造や特徴を浮き彫りにしていきます。山田創平、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、木下智恵子のトークに続き、「私にとっての《S/N》」が語られていきます。(文・児島やよい)

窪田研二(「六本木クロッシング」キュレーター。インディペンデント・キュレーター、KENJI KUBOTA ART OFFICE代表):
東京のスパイラルホールで《S/N》を観ました。当時私は学芸員になりたてでしたが、欧米でのアート潮流の二番煎じのような表現や、たいした根拠もなく「日本らしさ」を強調する表現が多い日本の現代美術に対して違和感がありました。日本人がこの国で芸術表現をするリアリティはどこにあるのだろうか?そんなことを日々考えていたときに出会ったのが《S/N》でした。個人的な体験からスタートし、それをひとつの芸術表現として結実させたこの作品は、私の思考や感覚そして感情に強いインパクトを与えました。特に最後のブブさんのシーンは今でも私にとっては芸術表現で最も心を揺さぶられたもののひとつです。この作品でそれまでモヤモヤとしていた私の問題意識がすっと晴れたような気がしました。この《S/N》体験は、その後私が作品を見たり、展覧会を企画する時の潜在的な基準になってきたように感じます。
 
 

近藤健一(「六本木クロッシング」キュレーター。森美術館アソシエイト・キュレーター):
私は《S/N》をリアルに観ていないので、2000年代半ばから、伝説のパフォーマンスとして《S/N》の話を耳にするようになり悔しい思いでした。記録映像を観ると、私が想像していたのとまったく違っていました。これは、人間を表層的なカテゴリーにあてはめて、安心し、またコントロールすることへの反逆のステージなのだと感じました。美術館に勤める前に働いていた会社では、かなりはっきりとジェンダー・ロールが規定されていて、当時はそれを当たり前と思っていましたが、今振り返ると理不尽なこともありました。それから海外で生活していた時に、「日本人」に対する勝手な思い込みに悩んだことなど、色々な記憶がよみがえりました。《S/N》はさまざまなレイヤーのある作品であり、それゆえに、観る人によって、興味のポイントは異なると思います。
 
 

藤田淳志(愛知学院大学専任講師、アメリカ文学者):
14-15年前、ダムタイプとも関わりの深かった京都ARTSCAPEに出入りしていました。アメリカ演劇とAIDSについて研究しています。「芸術はいかに可能か? 預言者/時代のズレ/芸術の城」と題してプレゼンテーションを行います。
「AIDS発現時は、アメリカのレーガン政権と重なります。当時のホモセクシャリティへの偏見が間違った認識を根付かせ、悲劇を生みました。《S/N》の特異性は、同情的、センチメンタルな受容を許さないことにあります。アメリカと日本の状況の違いもあり、AIDSの具体性を失わないまま、抽象化することができたのです。古橋は、先頭を行くアクティヴィストではなく、先を見る預言者と位置づけられ、《S/N》は予言を表現する手段としてのアートであるといえます。「芸術の城」という枠を取り払い、城から出たアートのあり方を示そうとしました。《S/N》は、アメリカで批判された「Victim Art」ではなく、普遍性を持った作品です。」
 
 

竹田恵子(早稲田大学演劇博物館グローバルCOE研究員):
「《S/N》における「アイデンティティ」の提示:対話の可能性へ向けて」と題してプレゼンテーションを行います。
「《S/N》の冒頭のオープニング・トークに登場する「Homosexual」「HIV+」「black」「deaf」といったラベルを貼られたスーツ姿の3人の男性。「私たちは俳優ではなく、ラベルの通りの人間だ」という言及。それはカミングアウトとして機能しています。《S/N》の2つの特徴は、(1)「アイデンティティ」の人格化・本質化の回避。(2)その「カテゴリー」の代表として語ってしまうことの回避。自らの経験に基づいた、自分の場合はどうかという話をしています。最終場面では、「アイデンティティ」を主張するという「カミングアウト」を超えて、対面的なコミュニケーションにより、自分自身のアイデンティティを発明/創出していきます。「対話/コミュニケーション」の重要性を浮き彫りにし、「マイノリティ」側だけではない、自分が「マジョリティ」だと思っている側をも巻き込むことに成功しています。「変わること」への希望を見出させる作品です。」
 
 

(第3章「誰もが当事者である」ことを実感する、開かれた対話」へ続く)

撮影:御厨慎一郎
 

※この記事は、2010年5月11日に開催のトーク&ワークショップ「新しい人間関係の海へ--《S/N》が切り拓く対話の可能性--」をもとに編集しています。本プログラムのタイトルは、ダムタイプのメンバー・古橋悌二氏が自身のインスタレーション作品《LOVERS》について語った「新しい人間関係の海へ、勇気をもってダイブする」より引用しています。

【児島やよい プロフィール】
キュレーター、ライター。慶応義塾大学、明治学院大学非常勤講師。「草間彌生 クサマトリックス」展に企画協力。「ネオテニー・ジャパン--高橋コレクション」展(上野の森美術館他巡回)等のキュレーションを手がける。
 

<関連リンク>
・連載:「新しい人間関係の海へ--《S/N》が切り拓く対話の可能性--」
第1章 私にとっての《S/N》を語る」ことで、自分を再発見する

森美術館flickr(フリッカー)
プログラム当日の模様を写真でご覧いただけます。

「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か?」
会期:2010年3月20日(土)~7月4日(日)

カテゴリー:03.活動レポート
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