作家名 | : | アラヤー・ラートチャムルンスック/Araya Rasdjarmrearnsook(1957-) |
---|---|---|
出身/在住 | : | タイ |
制作年 | : | 2005 |
素材 | : | ビデオ |
サイズ | : | 16分25秒 |
アラヤー・ラートチャムルンスックはタイのシラパコーン大学で版画を学び、ドイツのブラウンシュヴァイク美術大学に留学し修士号を取得。その後、30年にわたりチェンマイ大学で教鞭をとる。ラートチャムルンスックは、自国の文化に深く根ざした固有の題材を扱いながら、人間と非人間的な存在のつながり、生と死、スピリチュアリティなどの普遍的なテーマを探求してきた。2000年代初頭には、西洋名画について自由に語り合うタイの村人たちの様子や、ジェフ・クーンズやシンディ・シャーマンの作品から道徳的な教訓を引き出そうとするタイの僧侶の講話を映した映像作品で注目される。ベネチア・ビエンナーレ(2005年)、ドクメンタ(カッセル、2012年)などの主要な国際展に参加、森美術館では「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」(2017年)に出品している。
《授業》は、教室のような設えの空間で、遺体を相手にアーティストが「死」についての講義をする映像作品。撮影場所はチェンマイにある病院の遺体安置所で、6人の「生徒」は引き取り手のない遺体である。本作は、死者たちに「死」についてのレクチャーをすることで「死」を理解しようとするパフォーマンスであるとされ、講義では死者に対してさまざまな観点から死の定義を解説している。アーティストはときおり、遺体に語りかけ、自身の視点や経験を共有するように促し、生きている人間と対等な存在としてコミュニケーションを図っている。こうした態度からは、彼女が、社会から見過ごされてきた存在や「死」に介在する宗教的、文化的価値観、また、社会的な禁忌や文化的差別に向き合おうとする姿勢が見て取れる。本作以外でも、周囲から疎外された精神障害者、あるいは野良犬などを題材にしており、現代社会の影の部分に光を当てようとする慈愛に満ちた眼差しは、ラートチャムルンスックの作品を特徴づける重要な要素だと言える。
作家名 | : | アラヤー・ラートチャムルンスック/Araya Rasdjarmrearnsook(1957-) |
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出身/在住 | : | タイ |
制作年 | : | 2005 |
素材 | : | ビデオ |
サイズ | : | 16分25秒 |
アラヤー・ラートチャムルンスックはタイのシラパコーン大学で版画を学び、ドイツのブラウンシュヴァイク美術大学に留学し修士号を取得。その後、30年にわたりチェンマイ大学で教鞭をとる。ラートチャムルンスックは、自国の文化に深く根ざした固有の題材を扱いながら、人間と非人間的な存在のつながり、生と死、スピリチュアリティなどの普遍的なテーマを探求してきた。2000年代初頭には、西洋名画について自由に語り合うタイの村人たちの様子や、ジェフ・クーンズやシンディ・シャーマンの作品から道徳的な教訓を引き出そうとするタイの僧侶の講話を映した映像作品で注目される。ベネチア・ビエンナーレ(2005年)、ドクメンタ(カッセル、2012年)などの主要な国際展に参加、森美術館では「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」(2017年)に出品している。
《授業》は、教室のような設えの空間で、遺体を相手にアーティストが「死」についての講義をする映像作品。撮影場所はチェンマイにある病院の遺体安置所で、6人の「生徒」は引き取り手のない遺体である。本作は、死者たちに「死」についてのレクチャーをすることで「死」を理解しようとするパフォーマンスであるとされ、講義では死者に対してさまざまな観点から死の定義を解説している。アーティストはときおり、遺体に語りかけ、自身の視点や経験を共有するように促し、生きている人間と対等な存在としてコミュニケーションを図っている。こうした態度からは、彼女が、社会から見過ごされてきた存在や「死」に介在する宗教的、文化的価値観、また、社会的な禁忌や文化的差別に向き合おうとする姿勢が見て取れる。本作以外でも、周囲から疎外された精神障害者、あるいは野良犬などを題材にしており、現代社会の影の部分に光を当てようとする慈愛に満ちた眼差しは、ラートチャムルンスックの作品を特徴づける重要な要素だと言える。