8月20日、「宇宙と芸術展」(~2017年1月9日まで)関連イベントとして、シンポジウム「科学者と読み解く『宇宙と芸術展』」を開催しました。
レポート第3回では、本展出展作家の野村仁氏によるレクチャーの様子をレポートします。
野村氏は、1960年代後半より、重力や時間を通じて時空について考え、隕石や化石を通じて地球史や生物史を考察し、さらには宇宙の天体現象を独自に記録することで、主に写真、映像、インスタレーションとして発表してきた作家です。レクチャーでは、本展に出展している2作品について説明していただきました。
《‘moon’ score: ISS Commander - Listening to it on Mars, now.》は、「ISS(国際宇宙ステーション)船長撮影の月を音符に見立てた音楽――火星で聴いている、今」という意味のタイトルを持ち、JAXA主催による「ISS/『きぼう』文化・人文社会科学利用パイロットミッション」として制作されました。この音楽は、ISSに船長として滞在した若田光一宇宙飛行士が800ミリメートルの超望遠レンズで撮影した月のクレーターが、楕円状の五線譜に乗るそのままの位置から音楽が作られ、クレーターの濃さによって音の強度を調節しています。
対をなすように展示されている《In 1998, I saw a stereo 3-D panorama of Mars.》は、火星の地表を3Dメガネで疑似体験するものです。これら2作品はひとつのインスタレーションとして、「人類が火星に到達したときに最初に聴く音楽」と「火星のあまりにも小さな衛星(フォボスとダイモス)を見て、地球や月を懐かしむ」ということを想定しているのです。
本インスタレーションでは、写真を観ながら音楽を聴き、音楽を聴きながら写真を観ていると感覚が鋭敏となり、宇宙の神秘が「ディープフィールド」に到達するが、そのような実体験を目指しているとのこと。野村氏は的川泰宣氏のレクチャー(レポート#1参照)を聞いてまさに「ディープフィールド」とは「魂」と呼べるものだ、と思ったそうです。また人間による最初の芸術とされる壁画のある洞窟の中には、実は壁画だけではなく石筍(鍾乳洞の中で、炭酸カルシウムを含んだ水が天井から滴下することで床の上に生じた、たけのこ状の突起物)をスティックでたたいた跡があり、洞窟内はたいまつの炎と音楽と美術が共存する場所、正に「魂」を感じ取る場所が作り出されていたはずだそうです。だからこそ、古代人たちは魂を充実させることで、マンモス・バイソンなどと戦う危険な場にも立ち向かえたのではないか、すなわち美術にはこうした側面もあり、それは古代から人類にとって必然的で重要な体験だったのではないか、と野村氏は語りました。
野村 仁氏
続いて野村氏から、今までの活動についての紹介がありました。宇宙に関連した作品としては...
宇宙空間で栽培する稲という仮定で、その稲穂にブランクーシの《空間の鳥》を見せて育てる作品。ソーラーカーでアメリカ西海岸から東海岸のケネディ宇宙センターまで大陸を横断するという壮大なHAASプロジェクト。太陽を一年間定時定点撮影することで、宇宙の営みの規則性を捉えた「Analemma」シリーズ。五線譜を写し込んだフィルムで月を撮影し、月を音符に見立てて音楽を作成するという、1975年から発表している代表的な写真シリーズ「‘moon’ score」。
また初期の作品としては巨大な段ボールが時間と共に崩れていく「Tardiology」シリーズや、空気の流れやドライアイスの昇華する様子を記録した「lodine」シリーズ。また2000年頃からの、何億年も前の化石と数億光年先の宇宙銀河の写真に、言葉を組み合わせた作品などがあります。
宇宙に関連した作品を紹介する野村氏
その膨大な作品群に通底する試みに、宇宙の営み――自然現象を観察し理解したいという、自然科学者や天文学者に通じる野村氏の視点を改めて感じることができました。
その作品の一部はこちらからご覧いただくことができます。
文:椿 玲子(森美術館アソシエイト・キュレーター)
撮影:御厨慎一郎
<関連リンク>
・宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ
会期:2016年7月30日(土)-2017年1月9日(月)
・「宇宙と芸術展」シンポジウム「科学者と読み解く『宇宙と芸術展』」レポート
#1 科学技術が、芸術のような感動と共感を得るには、何が必要なのか?
#2 宇宙像はパラダイムシフトによって常に刷新されていく
#3 芸術とは魂を満たすものであり、昔から人間にとって重要だった?
#4 デジタルアートは、他人との境界をあいまいにし、共感の場を提供できるのか
#5 「宇宙と芸術」の可能性は?