2016年8月20日、「宇宙と芸術展」(~2017年1月9日まで)関連イベントとして、シンポジウム「科学者と読み解く『宇宙と芸術展』」を開催しました。
レポート第1回では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授である的川泰宣氏によるレクチャーの様子をレポートします。
~的川泰宣氏「現代の宇宙と芸術に想う」
的川氏は、2011年3月11日の東日本大震災後の5月に東北を訪れ、東北の子供たちが原子力発電を始めとする科学技術に対して、「科学技術は人を幸せにするためにあるのに、まるで逆だ。もう僕は科学技術なんて信じない」といった嫌悪と失望を感じていることに、とてもショックを受けたそうです。これからの復興で大切になるはずの科学技術に対して、未来を担う子供たちが失望しているという事実は由々しきことだと...。
そのような時に、3.11の混乱した状況の中でコンサートのために来日した世界3大テノールのひとりプラシド・ドミンゴの歌声をテレビで聴き、何の理論的アプローチも必要とせずに人々の気持ちを動かす音楽の力に感動したそうです。そして、この音楽のように人々を感動させる力を科学技術が持つことが必要だと感じたといいます。これが、的川氏の本展カタログ内エッセイのタイトルが『プラシド・ドミンゴと原子力発電』になった所以でしょう。さらに、生誕300年記念 若冲展(東京都美術館、2016年4月22日[金]~5月24日[火])やオリンピックのように、芸術やスポーツがいかに多くの人を魅了し、感動させる力があるかということも話されました。
1957年10月の旧ソビエトによるスプートニク打ち上げ以来、私たちの生きている現代は、しばしば「宇宙時代」と呼ばれるようになりました。私たちの生活には、宇宙開発の成果が当たり前のように入り込み、中には「こんなに天気予報が当たるようになったのだから、気象衛星なんてもう要らないね」という人がいるくらいだそうです。的川氏はその発想をおもしろいといいます。なぜなら、この人は気象衛星のおかげで、天気予報があることを知らないのです。考えてみれば、私たちのスムーズな生活スタイルは、科学技術の成果に多くを負っているのです。
的川泰宣氏
そのような中で的川氏は「科学技術が、音楽、芸術やスポーツのように感動と共感をもって迎えられるためには、何が必要なのだろうか。」という素朴な疑問から、科学技術的な正しさや、地政学や資本主義的な条件が判断基準となっている現代社会において、宇宙観・自然観・生命観の意味を見つめ直す必要性を感じたそうです。
科学の歴史を紐解くと、かつてコペルニクス(1473年-1543年)が『天球の回転について』で地動説を提唱し、宇宙・世界観の転換をもたらし、さらにはカント(1724年-1804年)が『私の上なる星空と私の内なる道徳律』という言葉で、星空という自然現象と人間の精神とはまったく無関係であるということを示し、人間は責任を持って自らの意思で考えなければならないという決断をしました。また、19世紀の社会学者オーギュスト・コント(1798年-1857年)が、『人間は決して月の裏を観ることはない』と断言するも、1960年代には月の裏を撮影することに成功し、私たちは今や素粒子からビッグバンによって始まったという約138億年の宇宙の歴史や組成について、ある程度知っています。
地球から一番遠い場所にある人工物は1977年に打ち上げられた探査機ボイジャーで、数年前に太陽圏を離れました。そのボイジャーが撮影した地球の写真が1990年に地球に届き、高名な天文学者のカール・セーガンは青い点となった地球の上に数十億人の人間が生活している不思議、そして人間はここを拠点として生活するしかないこと、核戦争が起きて青い地球がどす黒くなったとしても誰も助けには来てくれないことを語ったそうです。その言葉は今でも多くを意味し、私たちはこの事実を受け入れ、どうすれば美しい地球を残せるかを考えなければいけないのではないでしょうか。
会場の様子
的川氏は、石器時代のラスコー壁画やアルタミラ壁画における芸術性、古代における様々な技術が発達する中で「真・善・美」という価値が共有されてきたと指摘しています。世界は神が作ったものではなく、自然から生まれたものであると最初に唱えたのは紀元前7世紀のタレースで、中国・インドからメソポタミア・エジプトに至るすべての古代文明では、「真・善・美」という価値観、また人間の身体と精神の働きを兼ね備えた「魂」が共有されていたのではないか――そしてルネサンス以降に起こった知的思考の方法は、こうした「魂」の疎外をも生んだが、私たちは再び「魂」の存在を取り戻す必要があるのではないか――とも述べられました。
現代社会では政治と経済が人間の関心の多くを占めていますが、他方、地球を周回する国際宇宙ステーション(ISS)上では、国境を越え、地政学を無化するような協働が行われており、こうした聖域としてのISSこそが未来へと繋がる指針でもあります。それは、古代ギリシアにおけるオリンピックが、すべての戦争を停止して行われていたことにも通じ、宇宙プロジェクトは平和に繋がるのではないかと的川氏は指摘します。
芸術の役割は、科学技術偏重型の現代社会において、「生きること」の意味を再び問い直し、科学の世界を広げることにあること、科学と他分野との協働がなければ、いくら科学技術が進歩したとしても、私たちの望む「幸せな未来」はいつまでもやってこないであろうことを、的川氏のレクチャーは提示してくれました。
文:椿 玲子(森美術館アソシエイト・キュレーター)
撮影:御厨慎一郎
<関連リンク>
・宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ
会期:2016年7月30日(土)-2017年1月9日(月)
・「宇宙と芸術展」シンポジウム「科学者と読み解く『宇宙と芸術展』」レポート
#1 科学技術が、芸術のような感動と共感を得るには、何が必要なのか?
#2 宇宙像はパラダイムシフトによって常に刷新されていく
#3 芸術とは魂を満たすものであり、昔から人間にとって重要だった?
#4 デジタルアートは、他人との境界をあいまいにし、共感の場を提供できるのか
#5 「宇宙と芸術」の可能性は?