2014年9月 9日(火)

「ギフト」を贈ることもアートになる
~スペシャル対談:リー・ミンウェイ×片岡真実(2)

観客参加型アートで世界的に活動する、リー・ミンウェイ。「交換」をキーワードにアートが何であるのかについて語った前回に続き、今回は「贈与」をテーマに、展覧会を企画した片岡真実と対談しました。


リー・ミンウェイ

片岡:リーさんの作品のもう一つの重要な要素に「贈与」があります。贈与は英語で「ギフト」ともいいますし、天賦の才能という意味もある。つまり絵や音楽や文学などで特別な才能を持つ人は、観客にギフトを贈ってくれると考えることもできますね。


リー・ミンウェイ(右)と片岡真実(左)

リー:《ソニック・ブロッサム》という作品では、そのことがよくおわかりいただけると思います。これは私の母が病気で手術を受けたとき、シューベルトの歌曲で心が慰められた、というできごとがもとになっています。幸いなことに母は回復しました。前よりも元気になったような気がするぐらいです(笑)。
このプロジェクトでは紫のマントを着た歌手が、展覧会場に来た観客に「歌を贈ってもよろしいでしょうか?」と尋ねます。観客がそれを了承すると、歌手はその人だけのためにシューベルトの歌曲を歌います。
私は最初、このプロジェクトでは歌手が観客にギフトを贈るのだと思っていました。が、1、2回やってみて、逆に観客が歌手にギフトを贈ることができるのに気がつきました。観客がその歌に感動し、涙を流しているのを見て、歌手が自分の歌にそれだけのパワーがあることを教えられるのです。これは歌手にとっても、大きな贈り物になるプロジェクトなのです。


《ソニック・ブロッサム》
2013年
パフォーマンス風景:「リー・ミンウェイ:ソニック・ブロッサム」
ユーレンス現代美術センター(UCCA)、北京、2014年
撮影:Mao Zhenyu

片岡:コンサートでは普通、大勢の人に向けて歌います。《ソニック・ブロッサム》では1対1で歌ってもらえる。なかなかできない体験だと思います。

リー:歌手から観客までの距離もほんの2メートルぐらいしかありませんから、波動が直接、身体に響いてくるように感じられます。クラシック音楽というと「私にはわからない」と尻込みする人も多いのですが、理解する必要なんてないのです。何なのかわからなくても、心で受けとめるようにすればいい。

片岡:《ひろがる花園》では展覧会場に生花が置いてあって、自由に持ち帰れるようになっています。花をもらった観客は帰りに回り道をして、その途中で会った知らない人にその花を手渡します。観客が誰かに「ギフト」を贈ることになりますね。


《ひろがる花園》
2009年
展示風景:第10回リヨン・ビエンナーレ、リヨン現代美術館、フランス、2009年
エイミー&レオ・シー氏蔵、台中
撮影:Blaise Adilon

リー:展覧会場で受け取った花を観客は誰に渡せばいいのか、そんなことをすると変な人だと思われないだろうか、ものすごく悩むことになります。花を受け取ることが、そんな目の覚めるような体験のきっかけになるのです。

片岡:展示室の中にあった花園が美術館の外へと広がっていくこの作品では、物理的な広がりだけでなく、知らない人に花を渡すことで心理的な広がりが生まれます。他者にギフトを贈ることで、観客の心の中でも何かが変わりますよね。

リー:《プロジェクト・手紙をつづる》では、観客どうしの間に精神的な化学反応が起こることがあります。これは展覧会に来た観客にそれぞれ大切な人に向けて手紙を書いてもらい、他の人に読んでほしくないものは封をして、読まれてもいいものは封を開けたままにしておく、という作品です。封をされた手紙は投函され、封をしていないものは展覧会場で他の観客が自由に見られるようにします。手紙の棚は毎朝リセットされますが、その日、最初の2、3通に「ハイ、僕は今美術館にいます」というようなありきたりなことが書かれていると、その日に他の観客が書く手紙も似たようなものになります。
私がこれまでに一番心を打たれたのは、ある男性が女性に向けて書いた手紙でした。彼は女性に許しを請うているのです。手紙の最初では何が起きたのかわからないけれど、最後に彼がその女性に対して犯した罪が明らかになる。その日、他の観客が書いた手紙はとてもエモーショナルなものになりました。


《プロジェクト・手紙をつづる》
1998年
展示風景:「リー・ミンウェイ:非永続性」シカゴ・カルチャー・センター、2007年
撮影:Anita Kan

片岡:この《プロジェクト・手紙をつづる》もシンプルな枠組みですが、実際に参加して他の人のストーリーを読むと、理論的な理解ではなく、感情が刺激されます。

リー:プロジェクトの結果は観客がどんな手紙を書くかによって違いが出ると言いましたが、場所や時期によっても変わってきます。日本では、2年前にも東京の資生堂ギャラリーでの個展でこのプロジェクトを行っています。でもこの2年の間にいろいろなことがありました。今度の森美術館の個展ではまた違ったものになるはずだと考えています。

文:青野尚子(編集者/ライター)

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<関連リンク>

・スペシャル対談:リー・ミンウェイ×片岡真実
(1)“参加するアート”とは?
(2)「ギフト」を贈ることもアートになる
(3)観客が参加することで、さらに豊かになるアート

「リー・ミンウェイとその関係展:
参加するアート―見る、話す、贈る、書く、食べる、そして世界とつながる」

会期:2014年9月20日(土)-2015年1月4日(日)

「MAMプロジェクト022:ヤコブ・キルケゴール」
会期:2014年9月20日(土)-2015年1月4日(日)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
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