2013年9月21日(土)、「MAMプロジェクト019:エムレ・ヒュネル」の開催に合わせ、作家本人が来日しアーティスト・トークを行った。展示会場の中央に配置された謎めいた巨大な新作彫刻《トリロン》や、あわせて展示している映像作品《ジャガーノート》をはじめ、過去の作品《キゾティック》や《宇宙すべてより少しだけ大きい》など、制作までの思考のプロセスを主に語り、その膨大なイメージの源泉の一端に触れられる貴重な機会となった。
エムレ・ヒュネル
撮影:パトリック・ツァイ
まず、ヒュネルの作品を支えているのは、インターネットや本などから、さまざまなアイデアの元になる素材を収集することであるのが分かった。彼はイメージを発掘することが制作の重要な役割を担っていると言い、潜水艦、飛行機のエンジン、巨大な掘削機、ヘリコプター、トラックの写真をスクリーンに30枚ほど映し出した。このさまざまな巨大な機械は普段目にすることのない特殊な機能を備え、現代社会における技術革新の一翼を担っているのと同時に現代社会の欲望をも感じさせられる。またそれらの写真に混じって、バックミンスター・フラーによるフラードームのような建造物や、古い義手、布の上に置かれた化石、藁で作られた古めかしい舟、電車の模型を眺める技師の写真などのイメージがランダムに登場する。さまざまな時代から抽出されたそれらのイメージは、ヒュネルの作品に登場する未来と過去が混在したかのような設定や、何に使われるのか一瞥しただけでは判然としないオブジェの存在による不穏な空気にも繋がっている。それと同時に非常に興味深かったのは、化石の写真を見て「化石の下に敷いてある布とのコントラストが面白い」と述べていたことだ。触覚的なまなざし、形の面白さや、時間や空間の奇妙なねじれなどへの視点は、ヒュネルの作品に通低する部分である。
トークイベント風景
撮影:パトリック・ツァイ
次に、映像作品《ジャガーノート》の具体的なアイデアソースも公開した。そのひとつ、ディズニーの映画で、漫画と写真的な動画を組合せた「Man in Space」は、人工衛星計画や宇宙旅行の計画についてウォルト・ディズニー本人も登場する映像で、その一部を実際に鑑賞した。《ジャガーノート》には「Man in Space」以外のディズニーのプロパガンダ映画の一部も挿入されているが、このディズニー映像におけるイメージソースの多様さが、ヒュネルの作品にも影響を与えているのかもしれない。また、トマス・ピンチョンの『重力の虹』にも言及があり、航空力学から言語学、工学、産業について多視点でカバーする複雑な小説への参照は、《ジャガーノート》に登場する航空学から自然の情景までの多様なイメージと共通し、ヒュネルの世界観を把握するヒントになるかもしれない。ヒンズー教の山車、スペースシャトルを運ぶトレーラーの2枚の写真が並べられた画像を見せながら、「止めることのできない巨大な力」、「圧倒的破壊力」という意味として使われる《ジャガーノート》というタイトルは、技術の革新と近代化のメタファーとしても使われていると話していたことが印象的だった。
「MAMプロジェクト019:エムレ・ヒュネル」展示風景
森美術館
撮影:森田兼次
今回の展示では、巨大な三角錐の彫刻《トリロン》が会場の中心に横たわるように設置されているが、映像やドローイングと立体作品によって会場を構成しているこれまでの展示例も紹介された。本展で展示しているドローイング《New Horizon》に登場するテトラポッドは、過去には天井から床までの高さの巨大な立体作品として展示しており、同じイメージがいろいろな形式で繰り返し彼の作品に登場することがわかる。また、《ジャガーノート》が、別の展覧会ではドーム型や柱型の立体作品と共に展示していたことも紹介され、ひとつの作品をさまざまな角度から見せることができる可能性の多さにも驚かされた。
「MAMプロジェクト019:エムレ・ヒュネル」展示風景
「ブラック・シップス・エイト・ザ・スカイ」シリーズ
2009年
森美術館
撮影:森田兼次
偶然目にした奇妙な物から、歴史や宇宙、工学に至るまでさまざまなイメージソースをアイデアとして繋ぎ、マインドマップに書き出している図も紹介され、頭の中をどう視覚化するかが説明された。知識の豊富さと共に、イメージソースの幅広さ、それをどう繋げて作品にしていくかを垣間見ることは、多様な素材を使ったヒュネルの作品の理解の一助になり、謎めいていたために見過ごしていたドローイングの細かい要素までじっくり見るきっかけになった。
会場からの質疑にこたえるエムレ・ヒュネル
撮影:パトリック・ツァイ
文:水田紗弥子(森美術館学芸グループ アシスタント)
<関連リンク>
・「MAMプロジェクト019:エムレ・ヒュネル」
2013年9月21日(土)-2014年1月13日(月・祝)