言葉が浮かび上がったかと思うと、個々の文字に解体され、転がり、消えて再び現れる。時には何層にも重なり、サウンドとともに嵐のように私たちを取り巻いて、また消えていく― 「MAMプロジェクト015」で、文字の織り成す迫力の映像インスタレーションを出展しているツァン・キンワー。9月17日のアーティストトークでは、これまでの作品、そして展示中の新作、《第五の封印―彼は自らと同じくあなたがたを苦しみにあわせ、殺すであろう》についてお話いただきました。
「MAMプロジェクト015 ツァン・キンワー」アーティストトーク
会場風景
写真:御厨慎一郎
ツァンさんのトレードマークともいえる文字の使用について、そのきっかけをお話いただくところからアーティストトークは始まりました。香港出身のツァンさんは、幼いころから書道に親しみ、その筆致、質感に魅せられて、紙、本などに文字を入れた作品を制作するようになったそうです。しかし、ロンドンに滞在した1年間に転機が訪れます。異国での初の一人暮らしは、彼にとってあまりよい思い出はなかったと言います。ロンドンの街並みも美しく、そこに住む人たちは礼儀正しいけれど、慣れない環境で戸惑いや憤りを覚えたツァンさんは、その気持ちを吐露する形で新たにインスタレーションを制作します。
《インテリア》(部分)
2003年
紙にシルクスクリーンとアクリル
例えば《インテリア》は、ウィリアム・モリスのデザインを元に作家自身が刷り上げて作った壁紙を使った作品で、そのスペースに足を踏み入れると見る者は優美な模様に囲まれます。ところが近くでその柄を見ると、Fワードが連なる罵詈雑言で形作られていることに気づき困惑させられるのです。その他、壁に直接描いたり、切り抜いた文字を貼り付けたり、更にサウンドを用いるなどの幅広い表現で、差別、商業主義、政治問題、返還後の香港の複雑なアイデンティティーなど様々な問題に焦点を当てたインスタレーションを発表してきました。
《無題―香港》
2007年
紙にシルクスクリーンとアクリル
展示風景:上海現代美術館
文字を動かしてみるというアイデアを実現するためにビデオ・プロジェクションを用いたのが、《七つの封印》シリーズです。七つの封印とは、世界が終焉に向かう様子が記された新約聖書の「ヨハネの黙示録」に登場する巻物のことですが、聖書を引用しつつも、哲学者、政治家、ミュージシャンなどの言葉などを素材として、ツァンさん自身の言葉を重ねた文字の群れが、サウンドとあいまって床、壁、もしくは天井に投影されます。
同シリーズ5作目となる本展の《第五の封印―彼は自らと同じくあなたがたを苦しみにあわせ、殺すであろう》は、ツァンさんが《七つの封印》シリーズを通して問うている"生の意味"、そして"善悪の問題"について、今の彼自身の考えを表現したと言います。殉教者たちが神に復讐を求める聖書の場面を参照しているのですが、一方で反キリスト教主義的なニーチェの永劫回帰の思想、仏教の業など様々な概念を混合した現在の作家の考えが反映されています。変容し続けるテキストは、善と悪、復讐と犠牲のように一見背反する事象の境界線が曖昧であることを感じさせます。また、同じことを繰り返し行ってしまう自己や世界を暗示しているかのようです。
《第五の封印―彼は自らと同じくあなたがたを苦しみにあわせ、殺すであろう》
デジタルビデオ・プロジェクション、サウンド(13分30秒)
2011年
展示風景:森美術館
写真:森田兼次
言語の問題についても話題が及びました。広東語を母国語とするツァンさんですが、作品中では英語を使用しています。「重い内容なので、母国語ではない言語を使うことで距離を保っているのです」と、ツァンさん。本展では、作品の世界をより感じてもらおうと、初の日本語ヴァージョンを英語ヴァージョンに続けて上映しています。日本語の新たな表情、そして言語による距離感の違いも体感していただけるのではないかと思います。
静かに語るツァンさんの佇まいからは、作品中の挑発的な言葉はなかなか想像できません。しかし、何事にも怯まず物事を見据えるその姿勢は、作品の芯の強さと重なるように感じました。
「MAMプロジェクト015 ツァン・キンワー」は 2012年1月15日(日)まで、森美術館ギャラリー1にて開催中です。奥行きを生み出す文字の重なりは、限られたスペースにいることを忘れさせ、大きなテーマへと見る人を導きます。視覚的、身体的なセンセーションのみならず、アーティストトークで触れられたような知的な刺激を引き起こすインスタレーションです。どうぞお見逃しなく。
森美術館学芸部パブリックプログラム エデュケーター 酒井敦子
<関連リンク>
・「MAMプロジェクト015:ツァン・キンワー」展
会期:2011年9月17日(土)~2012年1月15日(日)