"「誰でもメディア」時代の到来"がビジネスシステム、さらにはアートへ及ぼす影響について、興味深い事例を交えたレクチャーが展開されました。
ツイッターなどを活用したソーシャルメディア・マーケティングを手がけ、数々のIT雑誌の創刊や書籍監修でも知られる小林弘人氏。先日開催の「MAMアートコース第12回」では、その小林氏を講師に迎えました。
興味深い事例をたっぷりと交えながらレクチャーを展開
メディアが空気のように余っている時代
インターネット環境の発達と日常化に伴い、メディアは今までのように特定の発信者から与えられるものではなく、誰でも発信できるものに変化しました。つまり、今までは新聞、雑誌やテレビ、ラジオのニュースといったものが情報源となっていたのですが、インターネットの発達で誰でもサイトやブログを立ち上げ情報を発信することができるようになった現在、大企業のサイトも個人のブログも、ユーザーにとっては優劣のない並列の関係となっています。情報は世の中に溢れ、コモデティ(潤沢生産品)となる一方で、個人ブログでも面白いサイトだと評価され、フォローする人が多くなれば広告が付きマスメディア化されるようになってきています。こうした状態を小林氏は「誰でもメディア」時代の到来と分析します。
このようにメディア自体が空気のように有り余っている=「アフォーダブル」になっている現在において、ひとり勝ちしているのがグーグル等の検索システム=「情報仲介業者」です。こうしたシステムでは、情報をゼロ円で仕入れて、それを目的に集まった人たちに別のビジネスチャンスを用意する「フリー」という考え方を徹底利用しています。また、ソーシャルサイトFacebookのユーザーは今年7月には全世界で5億人にも達し、メディア・ネットワークとしてはある意味で世界最大になりました。
通りすがりに見た光景にもURLを付けてタグ化する「感覚の可視化」について語る
今後、メディア・ビジネスで成功するためには?
「車を持つことがステータス」だった時代から「車をどうして持つの?」と思う人たちが現れる時代へ、「個人の秘密は日記のように机の奥に閉まって置いた」時代から「個人情報はクラウドコンピューティングのようにネットワーク上でシェアする」時代へと、世の中の価値観は変化しています。そうした中で、一歩進んでメディア・ビジネスで成功するためには、今までの構造の陰にかくれていた希少性を発見することが重要です。
さらに、今までのような物理的な形態を持たないメディアにとっては、「コミュニティ」が核心となっていることを理解する必要があります。情報を紙やモニターなどのメディアに載せてそれを送りつける時代は終わりました。そこから先、その情報を求めて集まったコミュニティに対し、どのような回答を与えられるかが重要だと小林氏は説きます。それはメディア空間の拡張であり、コンテンツが潤沢化してしまう中、いかに新しい希少(つまり、ソリューション)性を提供でき、それを換金できるかが鍵となります。メディアの質、そして換金化できるか否かはコミュニティの質と密接に結びついています。
またインターネットは時間と空間を縮め、検索すれば全てが分かるような構造を作り出す方向へ進んでいます。通りすがりに見た光景は検索しても分からないけれど、今後そうしたものにもURLを付けてタグ化することで可視化できるような「現在の可視化」や、「移動情報の可視化」、さらには臭いなどの「感覚の可視化」といった新しいHaptic(触覚的)な技術が発展していくと小林氏は予想しています。
興味深い話題に、聴衆も引き込まれました
システムの流動化を促す新たな価値開拓の必要性
新しいビジネスシステムとして注目される貧困層のための経済システムBOP(Base of Pyramid)ビジネスでは、ユニリーバ社によるインドでの洗剤販売プロジェクトや、フマキラー社のインドネシアにおける殺虫剤ビジネスなどに加え、発展途上国の小規模事業と融資者の仲介をインターネット上で行うマイクロファイナンス・プロジェクトのKiva Microfunds(キーヴァ・マイクロファンド)などが挙げられます。
このように、既得権益に頼るのではなく、ビジネスモデルを再定義しシステム自体を流動化させるような、新しい価値開拓が求められています。ビジネスや自分の常識を新たにフォーマットする「Re-format」、新たにこれまで届けられなかった人や場所同士を再び繋げる「Re-wired」が必要なのです。
「才能の流動化」によって変貌する美術館の役割
アートに関して言えば、今までのように、ギャラリーや美術館といった機関、また賞や美術雑誌といった評価の制度に頼らなくても、アーティストはインターネットを介することで世界に向けてダイレクトに作品を発表することができます。小林氏は、移動や通信手段が発達した今、少し英語ができれば何処でも活動できることからも「越境」を唱え、そして「才能は流動化する時代」であると主張しています。
さらに、誰もが個人ブログやサイトで作品を発表できる現在、美術館やギャラリーといった現実のスペースに求められているのは、才能の発掘と共に、こうした才能の質を見極めて、その数をある程度一定に保つという、才能のデフレを防ぐべき銀行のような役割なのではと分析しています。
司会を務める森美術館チーフキュレーター片岡真実(左)とのやりとりで笑顔も
最後に、小林氏は「現在の時代のアートやビジネスに求められているのは"才能"もさることながら、それ以上に重要なことは"ユニークワンであること=代替不可能性"です。皆さんも是非、ユニークワンになってください。」と締めくくりました。
※この記事は2010年9月28日に開催した、MAMアートコース第12回「変貌するメディア――ビジネスやアートは新たな価値にどう向き合うのか?」の講演をもとにしています。
撮影:御厨慎一郎
【小林弘人プロフィール】
インフォバーン代表取締役CEO。雑誌『ワイアード』『サイゾー』を創刊。紙メディア以外にも「ギズモード・ジャパン」ほか、数多くのウェブメディアを立ち上げる。眞鍋かをりなど著名人ブログやブログ出版をプロデュース、最近ではツイッター等をいちはやく活用し、ダイソン、書籍『フリー』、日産自動車等のソーシャルメディア・マーケティングを手がけるなど、IT界の仕掛け人としても有名。自著『新世紀メディア論 新聞・雑誌が死ぬ前に』。監修・解説・販促を手がけた書籍『フリー~〈無料〉からお金を生み出す新戦略』(クリス・アンダーソン)がベストセラーに。2010年4月より東京大学大学院情報学環で非常勤講師として、旧来から最新のメディアまでのビジネスモデルを教える。
<関連リンク>
・森美術館flickr(フリッカー)
当日の模様を写真でご覧いただけます。
・MAMアートコース第11回
上野千鶴子「アラフォーおひとりさまの生きる道」を聴いて