2009年12月 7日(月)

大口俊輔さんインタビュー「合唱の目的はコミュニケーション」

バンド、チャンチキトルネエドでいつも楽しそうに演奏している大口俊輔さんが、今回、アート・プロジェクト《不平の合唱団―東京》に、作曲者&伴奏者として参加されました。合唱本番を明日に控えたこの日も、夜遅くまでスタッフと楽器を鳴らしながら楽しげに打ち合わせをしていた大口さん。声をかけたところ、快くインタビューに応じてくれました。

――いよいよ明日が本番です。今の気分は?

大口:とにかく楽しみです。ワークショップを含めてたった5回、3週間の練習でよくぞここまで。よくみんな、ついてきてくれたと思います。合唱練習って普通は2カ月ぐらいみっちりやるものなんです。だからかなりドキドキですけど、合唱団のみんなが、とにかく楽しんでできればと思います。

――作曲を依頼されたとき、「不平を楽しく歌って昇華する」というアート・コンセプトの説明があったと思います。このコンセプトに対しては、どんな印象でしたか。

大口:不平不満を、不平不満に沿った曲調ではなく、楽しい曲調で歌うということに、やりがいがあると思いました。僕はギャップが好きだから、そのギャップを表現するのは「あ、得意だろうな」と思って引き受けました。合唱曲は書いたことがなかったのですが、できる自信はありました。

――勇気ありますね。その自信はどこから?

大口:人の声というのは、楽器よりも何よりも表現力があるし、自在なので。それに、いざとなったらロック調のドラムの伴奏だけで、不平不満をめちゃくちゃに叫ぶのでもいいかなって思って。

アーティスト(テレルヴォ・カルレイネンとオリヴァー・コフタ=カルレイネン)から言われたのは「不平不満をポジティブな歌にしたい」ということだけで、曲調やジャンルの指定は一切なかったんです。だから「曲はこうしなきゃいけない」とは考えなかった。どんなスタイルでもいいんだと思ったら、できないとは思わなかったですね。

――合唱団に用意された時間は、結成からパフォーマンスの実施まで3週間だったということですが、これだと合唱練習もそうですが、作曲時間がずいぶん短かったのではないですか。

大口:そうなんです。みんなで不平不満を選んで、それを僕がつなげて歌詞にして、それから作曲しましたが、歌詞ができてから次の練習日まで3日間くらいしかなかったので、ものすごくあわてました。体力的にきつかったですね。

それと、これはやってみてから気づいたのですが、合唱団はアートが好きな人ばかりかと思っていたら、どうもそういう人は半分くらいだったんです。だから表現することに慣れていないのか、意見をうまく表明できない方が結構いたように思います。音楽的なことではなく、「このばらばらな100人で集団プレーするのか。これは大変だ」って思いましたね。練習が始まったら楽しかったけど。

――このアート・プロジェクトはみんなでつくりあげる"参加型"という特徴があると思います。アーティストは参加型アートについて、「プロジェクトに関わる誰もが何らかの変化を体験する場である」と言っています。

そこで質問ですが、このプロジェクトに参加して、大口さんの中で何か変化したことはありますか。

大口:あります。人の話を聞くようになった(笑)。

――これまでは聞かなかったんですか(笑)。

大口:うーん......普段は仕切ったら事が楽に進むから、僕は仕切る側にまわることが多いんです。でもこのプロジェクトの目的は、コミュニケーションをとることなんですね。だから、仕切る選択権を参加者や神田さんやアーティストにあずけて、敢えて自分からは仕切ろうとしませんでした。もちろん、時間的に限界のときは仕切りましたけど。

仕切りたくなる気持ちを抑えて、主導権を他の人に投げようと努力しました。かなりがんばったんですよ。

――このプロジェクトに参加した感想は?

大口:アーティストがキーワードとノウハウしか持ってこないところが特殊だと思いました。彼らは絵を書くわけでもない、オブジェをつくるわけでもない、メロディを口ずさんでもってくるわけでもない。

例えて言うなら、種と土と鉢は持ってくるけれど、「育てるのはみんなでやってね」という感じ。みんなで成長させるタイプのアートですね。それが参加型ということかもしれませんが、その丸投げっぷりがすごかった(笑)。

たぶん彼らは仕切ろうと思えば仕切れるんです。でも、合唱を材料にしてみんなにコミュニケーションをとらせたいから、わざと手を引いている感じがしました。まんまとその罠に僕もはまっていったのが、悔しくもあったし、楽しくもありました。

――アーティストのふたりは、どんな人でしたか。

大口:ふたりとも、とてもシャイ。特にカルレイネンさんの、あまりオープンにしない感じには共感がもてました。常にポジティブという感じではなくて、不安を抱えている感じが。本人はそれを「本当はとてもmelancholic(メランコリック)なんだ」と言っていましたが、それがわかる気がして。僕もそういう感じなので。日本人と気質が似ていると思いました。

――では、(合唱指導&指揮者の)神田さんはどんな方ですか? 大口さんが、森美術館に神田さんを紹介なさったそうですね。

大口:神田さんは、とにかくやさしくて、頼んだことをしっかりやってくれるので、とても信頼しています。神田さんは謙虚で、自ら進んで前に出るタイプでは決してないんです。なのに、なぜかみんなが頼っちゃう。人間的にとっても魅力的な人です。

――この合唱団に対する印象はどうですか。今日の練習を拝見していて、小さなコミュニティになっていると思いました。アーティストが「こうしたいんだけど、みんなはどうかな?」と訊いたら、メンバーの中から「だったらこうしないと」とか、「それは難しいから、こうしたらどう?」と意見が出てきて。見ていて興味深かったのですが。

大口:いろいろ意見が出るときは、やっぱり大変です。なんせ100人ですからね。一人ひとりの意見は違っている、足並みがそろっているとは言いがたい。でも、みんなで歌うと楽しそうなんですよ。歌はやっぱりみんなを1つにさせる。余計なことを考えず、歌に集中するとコミュニティの足並みがそろう、そんな印象を持ちました。

――いよいよ明日が本番です。本番への意気込みをお願いします。

大口:とにかくみんなが、不満をためたときのパワーと同じくらいのポジティブなパワーを持って、楽しい気分で歌ってくれたらいいですね。

楽しんで不満を発散しつつも、上手くいかなくてまた不満がたまって、それが新たなエネルギーになる、そのエネルギーを楽しみながら発散しようとして、でも発散しきれないで......というように、エネルギーを持ち続けるのもいいかもしれない(笑)。

――最後に、展覧会にいらっしゃるお客さんにも、一言お願いします。

大口:日本では不平不満はよしとされていないですよね。でもこれは、新しいはけ方だと思うんです。不平不満を言う通常の光景を想像しながら、この合唱ではどんなスタイルで言っているのかを楽しみに観てほしい。そのスタイルはここでは明かさず、内緒にしておきます。展覧会場でのサプライズにしておきたい。

――きっと驚くでしょうね。本番、そして展覧会、楽しみにしています。ありがとうございました。(終)

撮影:御厨慎一郎

【大口俊輔(おおくち・しゅんすけ)プロフィール】
「作曲家、ピアニスト、チャンチキトルネエド所属
1980年東京生まれ。東京芸術大学楽理科卒業。大学在学中よりバンド、チャンチキトルネエドに所属。作曲や、ピアノおよびアコーディオンの演奏を担う。2007年、インドネシアで行った海外公演では総合プロデュースを手がけ、話題を呼んだ。

バンド以外ではライブハウスでの演奏をはじめ、舞台やファッションショーなど幅広い分野で音楽活動を展開している。2007年、英国の演出家、グレン・ウォルフォード演出『ヴェローナの二紳士』へ楽曲・演奏提供、同年、蜷川幸雄演出『エレンディラ』に音楽家役として出演、2008年、『tao COMME des GARCONS』のパリ・コレクション(秋冬、春夏の2回)へ楽曲提供など、参加作品多数。

【《不平の合唱団》とは?】
《不平の合唱団》は、アーティストのテレルヴォ・カルレイネンとオリヴァー・コフタ=カルレイネンが世界各地を訪れ、地元の人々から不平不満を集め、地元の人々と一緒に合唱曲にまとめ、みんなで声高らかに歌うというアート・プロジェクトです。

この《不平の合唱団》東京版が、「MAMプロジェクト010」展で実現しました。展覧会では、東京版はもちろん、過去に世界各地で行われた合唱の映像を上映しています。

<関連リンク>
「MAMプロジェクト010展:テレルヴォ・カルレイネン+オリヴァー・コフタ=カルレイネン」
会期:2009年11月28日(土)~2010年2月28日(日)

カテゴリー:01.MAMオピニオン
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