森美術館では、2017年2月より、展覧会に合わせたトーク、ワークショップ等を行う「パブリックプログラム」を「ラーニング」へと名称を変更しました。名称変更にあわせて、ラーニングとは何か?現代美術館は新しい「学び」の場となり得るか?を考える国際シンポジウムとラーニングの実践としての様々なプログラムを集めた「ラーニング・ウィーク」を開催しました。
2月19日に開催したプログラム、ラーニング・キャンプ003「アートと社会:エンゲイジメントという『つながり』を学ぶこと」の様子
ラーニング、その背景とは?
森美術館がプログラムの名称を変更したのは開館以来、初めてのことです。なぜ、今ラーニングなのか?ラーニングを意識したのは、多角的な背景がありました。
1990年代以降にアートの世界では、観客が作品への積極的な関与を前提とする、参加型アートが注目されてきたこと。また、アーティストの実践として、より社会を意識し、社会を良くしていこうとする「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」もあらためて注目されつつあります。さらには現代美術を取り巻く環境が、これまでは欧米の美術中心であったものから、世界各地の固有な文化的、社会的、政治的な背景から生まれた作品へと広がり、それらの作品を理解する上で美術史的な知識だけではなく、さまざまな分野横断的な「学び」の必要性が出てきました。また、テクノロジーの進化によってソーシャル・メディアの台頭は観客1人1人と美術館との双方向的なコミュニケーションを実現し、観客と美術館の関係性も大きく変わってきています。
また、国内においては、アート業界だけでなく教育の現場でも、日本社会の一層のグローバル化を視野に、学習指導要領の改訂に向けて議論が活発化してきており、とりわけ初等中等教育においての主体的、対話的で深い学びの実現を目指す「アクティブ・ラーニング(能動的学修)」が重要視されています。
「シニア・プログラム」と「ティーンズ・プログラム」では参加者が合同で展覧会を鑑賞。(2月19日開催)
双方向で多様な学びを促す「ラーニング」
このような社会的な変化と、アート自体が急速に拡張し続けている中で、アートと観客の関係をいかにつなげていくか(エンゲイジドさせていくか)、アートを通した新しい「学び」をもっと体験してもらうにはどうしたら良いか、という問いはずっと美術館の問題意識としてありました。
そこから国内外の美術館担当者と議論を重ね、英国をはじめとする先進的な取り組みをしている美術館の現場も調査し、そして、森美術館内でもキュレーター、エデュケーター、マーケティングなど様々なセクションのメンバーと議論を3年以上続けてきました。
森美術館には開館以来、展覧会とパブリックプログラムを通して、アート、展覧会をいかに「伝えるか」、「より深く考えるか」という点で実施してきた、さまざまなプログラムがあります。それは、たとえばレクチャーのような一方向的に何かを教える、という教育(エデュケーション)の趣旨が強かったプログラムですが、この蓄積を前提に自分たちの活動を再定義し、ともに考えたいと思い、今回のプログラムの実施、名称変更に至っています。
N・S・ハルシャの展覧会会場の中でヨガとアート鑑賞の両方を体験できるプログラム「ヨガしてアート」を行いました。
今後はアートや作品を一方向的に美術館側から説明し、授ける、という姿勢ではなく、観客、アーティスト、専門家、もちろん世代やコミュニティも越えて、さまざまな「知」を共有し合い、経験し合うことを通して学ぶということをより意識していきたいと考えています。そうしたプログラムを実施していくことで、美術館と観客の関係性をより強くつなげていき、森美術館の展示室の中だけでなく、街の中に美術館の活動を広げ、アートとライフを楽しむ、森美術館の理念でもある「ART & LIFE」を実現することが私達の目指すラーニングです。
ラーニング・キャンプ002(2月16日開催)。美術館教育がどのような変化を迎えているかについて議論しました。
「森美術館国際シンポジウム」を開催
2017年2月13日に開催した国際シンポジウムでは、テート(英国)、グッゲンハイム美術館(米国)でのラーニングの変遷や社会とつながるための展覧会などの事例が紹介され、また米国、ドイツ、メキシコ、インドのアーティストも集まり、さまざまな実践を国際色豊かに語り合いました。後半では日本を代表する美術館の館長らも登壇し、日本と世界を比較しながらも、今社会とつながること、観客とつながることの鍵にラーニングという試みが果たす役割を深く議論しました。当日は420名の参加者を迎え、会場は満席に。参加された皆様からも世界各地の動向と、アーティストの視点、美術館の視点の双方の議論が良かった、今まさに問題意識としてある部分に焦点が当てられた、今後の活動を考えるためのエッセンスが多くあった、まさにラーニングになった等色々なフィードバックをいただきました。
登壇者のひとり、テート、ラーニング・ディレクターのアナ・カトラー氏
森美術館国際シンポジウム「現代美術館は、新しい『学び』の場となり得るか?―エデュケーションからラーニングへ」の様子。420名の参加者でタワーホールは満席に。
また、「ラーニングウィーク」では、様々なラーニングプログラムを実施、多くの方が参加してくださいました。アートと社会のつながりを考えたり、アーティストの実践からラーニングを考えたり、子どもたちとアーティストのワークショップを通した学びや、よりインタラクティブな形式でのアーティストトークも行いました。それぞれに今後につながるラーニングのヒントと実践が含まれており、参加者と一緒に考える機会となりました。
一連のシンポジウムと「ラーニング・ウィーク」の様子はまとめ、記録集を発刊します。
これからも様々なラーニング・プログラムを予定していますので、ぜひ皆様もご参加ください!そして、ご意見をお聞かせいただけると、今後のラーニングへつながっていくと考えています。これからの森美術館のラーニングにご期待ください。
文:高島純佳(森美術館ラーニング・リーダー)
写真:御厨慎一郎
<関連リンク>
・N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅
会期:2017年2月4日(土)-6月11日(日)