2014年7月29日(火)

越境した子どもたちのアイデンティティを探る
トークセッション「異文化を生きる子どもたち」

現在、森美術館で開催中の「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」のタイトルにある「ゴー・ビトゥイーンズ」とは、間を行き来する人、媒介者という意味です。文化の境界を行き来する子どもの性質に注目する展覧会の関連プログラムとして、2014年7月13日にトークセッションを行いました。日系3世の詩人で南オレゴン大学名誉教授であるローソン・フサオ・イナダ氏と、本展出品作家であり、中国出身ニューヨーク在住のアーティスト、ジャン・オー氏が、海を超えて文化をつなぐ“ゴー・ビトゥイーン”たちについて話しました。


ローソン・フサオ・イナダ氏


スクリーンの前で、自身の体験を語るイナダ氏

イナダ氏は「日本とアメリカ:二国をつなぎ、共に生きる」と題して、アメリカにおける日系人の歴史や環境について、自身の体験を元に、詩の朗読を交えて語りました。日系3世として1938年にカリフォルニアに生まれたイナダ氏は、日本軍による真珠湾攻撃によって太平洋戦争が勃発すると、日系人収容所に家族とともに収容され、そこで終戦までの幼少期を過ごします。今回朗読した「ロスト・ボーイの伝説」という詩は、同じような建物が建ち並ぶ収容所で迷子になった少年を描いたもので、幼いイナダ少年の心細さとともに、何もかも失ってしまった日系人の悲しみが伝わってくる内容です。しかし、イナダ氏の話のトーンは終始明るく楽しいものでした。収容所に移る際に、実家の魚屋はイタリア系、自宅はドイツ系、飼い犬は中国系の隣人に預かってもらったというエピソードをジョークを交えて紹介するイナダ氏。戦時下での敵味方の立場を超えて、多様なルーツをもつ移民のコミュニティーの中で、人々が助け合っていた様子がうかがえます。


ジャン・オー氏

中国における子ども、なかでも少女をテーマにした写真を数多く撮っているジャン・オー氏は、「海を超えて―忻州(きんしゅう)からニューヨークへ渡った子どもたち」と題して中国の子どもたちについて語りました。《地平線》という中国の田舎に住む少女たちを写したシリーズでは、カメラ慣れしていない、媚びのない射るような子どもの強い視線が印象的です。ジャン氏はこれを拡大してプリントしたものをカナダのバンクーバーの町中に展示したことがあります。実物大以上の子どもの姿を町に出現させ、無視されてしまいがちな少女たちの存在感を強調してみせたのです。また「ゴー・ビトゥイーンズ展」出品作である《パパとわたし》は、国際養子縁組によってアメリカの家庭に引き取られた中国人少女とアメリカ人の父親との組み合わせを写したポートレートのシリーズです。中国の一人っ子政策や国際養子縁組の規制緩和の影響によって、90年代以降多くの少女(養子のほとんどが少女)が海を渡りました。ジャン氏が取材した家族にはさまざまなドラマがあり、血のつながりや国の境界を超えてはぐくまれた、新たな家族の愛と絆が感じられます。


ジャン・オー
《地平線:No.24》
2004年
タイプCプリント
101.6×111.76cm


ジャン・オー
《パパとわたし:No.16》
2006年
タイプCプリント
100×100cm
森美術館蔵、東京

エンターテイナーとしての才能を感じさせるイナダ氏が、自身が育った多文化的環境を、学校時代の友人たち(ネイティブ・アメリカン、アフリカ系アメリカ人、中国、ラトビア、アルメニア出身者など)の話し方や身振りを真似しながらユーモアたっぷりに表現し、多様性の豊かさをポジティブに語っていたのがとても印象的でした。異文化間の確執や戦争による分断、根深い差別などのさまざまな葛藤を超えて、「ゴー・ビトゥイーンズ」は新たな価値を創造する力をもっている。そして彼らの視点がより多様で開かれた世界の未来へとつながっていくはず。そんな希望を感じさせてくれる力強いメッセージが伝わってくるトークセッションでした。

文:荒木夏実(森美術館キュレーター)
撮影:田山達之


本展担当キュレーターの荒木夏実


イナダ氏(左)とジャン・オー氏(右)
 

<関連リンク>

「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

「MAMプロジェクト021:メルヴィン・モティ」
会期:2014年5月31日(土)-8月31日(日)

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