【開催レポート】ワークショップ「猫になって猫オリンピックの開会式に行こう」
2019.7.4(木)
森美術館×東京大学大学院教育学研究科岡田猛研究室 触発と創造のための芸術鑑賞ワークショップ・シリーズ
ワークショップ「猫になって猫オリンピックの開会式に行こう」(2019年3月3日開催)
今回のワークショップは、美術家の竹川宣彰さんが講師となって、たっぷり時間をかけて行われた。竹川さんの作品《猫オリンピック:開会式》(2019年)を題材に、猫になって猫オリンピックの開会式に参加する、という趣向である。
まずは、《猫オリンピック:開会式》を鑑賞することから始められた。猫オリンピックのメイン競技場では、開会式が開かれている。そこには、陶器で作られた無数の猫が、いろいろなポーズでくつろいでいる。競技場を囲む展示空間の壁には、様々なポスターやプラカードが並べられている。ドイツ語で「私は世界の猫を呼ぶ」と書かれた大きなパネルには、1936年に行われたベルリン・オリンピックを模して、猫オリンピックの開会式の様子が描かれている。宣伝ポスターには、「誉められると伸びるタイプ」「えこひいきは諍いの源」などの猫の性質が書いてある。招き猫スタイルの立体プラカードには、「お風呂に入りたくない」「恋人のような飼い主が欲しい」などの猫の主張が書いてある。ほほ笑ましく、誰にでも楽しめる作品であると同時に、大切にして欲しい、こうあって欲しいというささやかな猫の願いを通じて、オリンピックを取り巻く今の日本の状況も垣間見えてくる。
竹川さんは、作品制作のきっかけや作品に込められたアイデアなど、いろいろな話をしてくださった。ワークショップの参加者のみなさんは、作品制作にまつわる様々な話を聞きながら、競技場を取り囲む猫のかわいい仕草や、猫の願いが書かれたプラカードを眺め、互いに感想を語り合ったりしている。竹川さんは、「猫たちがこうして欲しいと主張すること、その意志を受け継いで、みなさんもこれだけは奪わないで欲しいと思うこと、こんな社会であって欲しいと願うこと、自分が大切に守りたいと思うことをプラカードに書いてみてください」と投げかけた。
今回の参加者の多くは、猫好きの人たちだった。また、「猫になって開会式に行こう」という趣向に惹かれたのか、小学生やまだ保育園にいく前の子どもたちも参加してくれている。中には、小さなお子さんを手伝うために、当日急遽参加することになった親御さんもいた。竹川さんの作品を初めて見る人も多く、猫のプラカードだけでなく、どんな猫になればいいのか、まだ分からない人も多かったことだろう。それでも、竹川さんに作品の制作方法を質問したり、何が描かれているのかを聞いたりすることで、どんなものを作ろうかと具体的なイメージが広がっていくようだった。《猫オリンピック》をきっかけに、子どもも大人も自分の何かを表現する試みに引き込まれていく様子は、作品が持つ魅力でもあるだろうし、竹川さんの持ち味でもあるだろう。
午後、早速制作に取りかかった。用意された猫のプラカードに、それぞれ好きな色で着色をする。躊躇なく原色を塗っていく子どもたちの隣では、事前に用意した下図を開いて鉛筆で丁寧に下描きをする大人や、「お前どうする」と二人でくっついて様子を見合っている小学生の男の子たちがいる。真紫や真黄色の猫もいるかと思えば、パステルカラーの三毛猫もいる。自分の部屋に飾ったり、家族に見せたりすることを考えてもいるのだろう。思い思いのこだわりの猫が生み出されていく。
みなさんプラカード制作に熱中してしまい、残り時間が少なくなってきてしまった。まだ大切な作業が残っている。それは、参加者全員が猫のメイクを施し、猫オリンピックの開会式のために、プラカードを持って展覧会会場を練り歩くというものである。竹川さんが猫メイクをする様子を見ながらも、なぜかなかなかメイクに取りかからない。プラカード作りはとてもすんなりと始まったのに、メイクに残された時間も少なくなり、だんだんこちらも心配になってくる。あの二人の男の子たちも恥ずかしがってやろうとしない。でも、大人が思い切ってメイクを始めると、その気持も薄れたのか、「キモい」と言いつつもダークヒーロー顔負けのメイクへとエスカレートしていった。自宅で飼っているであろう猫の模様のメイクをする人、かわいいおヒゲがついた自分の顔を満足げに鏡に映して見ている幼い女の子。メイクのおかげでちょっと特別な気持になったのだろう、親の傍を離れなかった女の子たちが、メイクに必死の大人たちの間を縫って仲よく一緒にプレ行進を始めている。
いつの間にか凝った猫メイクができあがり、開会式の準備が整った。プラカードを持って展覧会の会場内を練り歩けば、他の鑑賞者たちが何事かと後ろをついてくる。行進する「猫たち」の写真を撮る人もいる。竹川さんの作品の周りをみんなで行進して、竹川さんの猫プラカードの前に全員が猫プラカードを持って並ぶと、竹川さんの展示空間がみんなのものへと変化したようだった。
それぞれの猫の胸に書かれた主張は、とても多彩だった。「世界平和」「あらそいのない世界」「自由」「立派な一年生になりたい」「一輪車に乗れるように」。書いた理由も様々だった。自分のクラスで起きている問題に対して感じていることや、親という役割に囚われずに子どもと向き合うことの大切さを再確認する言葉など、自分が何を守りたいと思っているのかを改めて考え、言葉にし、それを参加者に説明することで、お互いの考えを共有し新たな気づきを得ているようだった。竹川さんも参加者のみなさんがどのような想いで制作を行ったのかを知ることができて、それがとてもよかったと語っていた。
私が大切にしたいことは何か、私の主張は何かを考え表現することは、日常生活ではあまりしない。しかし、猫の主張をきっかけに、「私はどうなのか」「あなたはどうなのか」と語り合うことができる。七夕の短冊や神社の絵馬であっても書かないような、私のささやかな本当の願いを表現し、いろいろな人が見て、その想いを互いに受け止めることがもっと気楽にできるかもしれない。竹川さんの作品をきっかけに、様々なことに想いを巡らせ自分の表現を紡いだみなさんの、表現を楽しむ様子からそのことを教えてもらったように思う。
今回のワークショップは、「触発と創造のため芸術鑑賞ワークショップ・シリーズ」として、森美術館ラーニングと岡田猛研究室(東京大学)の共同で開催された。
文:横地早和子(東京未来大学)
撮影:鰐部春雄