「耳でみるアート」にアルベルト・ヨナタンがサプライズ登場!
ラーニング・プログラム開催レポート
2017.12.1(金)
「耳でみるアート」は、視覚に障がいがある方とない方(見える方)が言葉をつかって展覧会を鑑賞するプログラムです。2017年10月19日、「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」で開催した本プログラムでは、出展アーティストでインドネシア出身のアルベルト・ヨナタンをゲストに招き実施しました。アルベルトはサンシャワー展で、1800個以上の天使と花のイメージをかたちにした陶器が壁一面を覆い尽くすインスタレーション作品を展示しました。その圧倒する数と丁寧な手仕事が鑑賞者の目をひきつけた作品です。アルベルトは京都の美術大学に通う大学生でもあり、日本語も堪能です。言葉を使ったプログラムにぜひ出演してもらいたいと依頼し、二つ返事で引き受けてもらい実現しました。
当日は、見えない方、見える方ちょうど半数ずつの方が参加しました。
「このプログラムに参加しようと思った理由は何ですか?」
「東南アジアはどんなイメージですか?」
「現代アートを制作するアーティストってどんなイメージですか?」
3つの質問を参加者ひとりひとりが皆と話し合い、共有していくことからプログラムを始めました。先天的に視覚に障がいがあり「生まれてからアートを見たことがないので、どういったものか、自分自身がわかっているのかどうか確認できませんが、言葉で展覧会を見る経験がとても楽しかったのでまた参加しました」というリピーターの方が、今回は視覚に障がいがある友達を誘って参加してくださいました。見える方のなかには、言葉で展覧会を見ることに興味がある大学教員や美術館学芸員の方がいました。
参加者で意見交換
中央正面右側の男性がアルベルト・ヨナタン。このときまだアーティストであることを明かしていません!
東南アジアについては「食」のイメージについて語る方が多く、アーティストについては「とっつきにくいイメージがある」「今を表現している人たちだと思うので特別な感じはない」「現代を生きるための道しるべを示してくれているように感じる」などが話題に挙がりました。皆からアーティストのイメージも聞いたうえで、プログラムがはじまってからまだ発言してないアルベルトがアーティストであると打ち明けると、参加者の注目はいっきに彼に集中。彼の最初の日本滞在の思い出から、毎日素材に向き合いつくり続けることが作品制作のコンセプトであることなど、現在の活動が丁寧に紹介されました。私たちと同じ時代を生きていて、日常を同じように暮らしながらもちょっと違う角度から物事を見つめている人であること、そして何よりも話しやすい人柄が参加されている方へ伝わり、作品への関心が高まります。
その後、プログラムは2グループにわかれてラーニング・キュレーターのファシリテーションのもと見える方と見えない方が言葉をつかって意見を交わしながら展覧会を鑑賞します。ジャカルタの街のなかで実際に企業の看板として使われていたものを収集し、そのかわりにアーティストが新しい看板をデザインして提供したジャカルタ・ウェイステッド・アーティストの作品《グラフィック・エクスチェンジ》(2015年)や、カンボジアの国道5号線の風景を撮影したリム・ソクチャンリナの写真作品《国道5号線》(2015年)などについて、参加者全員が作品から見えること、作品の背後にあるだろう見えないことまでを言葉豊かに語り合いました。
そして、いよいよアルベルトの作品《ヘリオス》(2017年)の鑑賞です。今回は特別に、実際に展示されている陶器のサンプルを手にとって触れるように作家本人が用意してくれました。手で触れてみて、その形から飛行機や風車を連想する方もいました。作家から天使と花の形であること、ひとつひとつが陶器であることやその制作方法が紹介されると、視覚障がいがある方からもない方からも次から次に言葉があふれてきます。釜から出したばかりの陶器が空気に触れるときに発する「貫入音」のこと、ひんやりとした手触りの陶器表面をたくさんの線が走り模様が入っていることなど、見える方と見えない方が一緒になってひとつの作品から言葉を出し合い、作品についての新たな発見や自分に繋がる言葉をたくさん共有し、紡ぎだしていきました。
陶器を手に取る参加者の皆さん
鑑賞終了後は参加者全員での振り返りを行いました。「社会的な背景が話題にあがることが多かった展覧会だったが、日本でも同じような社会的問題は起きている。日本の場合はさまざまな理由で問題が見えにくくなっているのではないか」との鋭い指摘も見えない方からありました。そして、もっとも多かった感想は、作家のアルベルト・ヨナタンと出会えたこと、そして作家と一緒に語りあった内容についてでした。現代アートやアーティストと直接出会うことで、障がいがある方、ない方が垣根なく参加し、それぞれの経験や知見を共有し、新たな気付きと学びを深めていくこと、それがいま森美術館が目指している、アクセス・プログラムです。今回、新たな試みとしてアーティストに参加してもらうことで、より多様な意見交換ができたのは大変意義深いことでした。森美術館では引き続き作家と直接語り合い、共に思考できるようなプログラムを企画していく予定です。
サンシャワー展の最後の作品として展示していたフェリックス・バコロールの1200個もの風鈴が連なった作品《荒れそうな空模様》(2009/2017年)で、会場で鳴り響いている音を心地よいと言う方と不安を覚えると言う方がいたように、作品の見方も受け取り方もさまざまです。まずはその見えること見えないことを言葉にすることから始め、隣の人と言葉を共有することからコミュニケーションは始まります。隣の人がどのようなことが好きで、日常の何に関心があるのかを聞き、自分の過去の経験と比べながらそれに答えること。そのような自然なコミュニケーションを通して作品を鑑賞することで、参加者にとって美術館体験がより豊かなものになるようプログラム企画を行っていきます。
※本プログラムは日本財団DIVERSITY IN THE ARTS 企画展「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」(会期:2017年10月13日~31日)との連携プログラムとして実施されました。
文:白木栄世(森美術館アソシエイト・ラーニング・キュレーター)
撮影:御厨慎一郎(明記しているもの以外すべて)
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