奈良美智は、1980年代よりドローイング、絵画、彫刻、写真、インスタレーションなど、さまざまなメディアで作品を制作している。1988～2000年はドイツで制作活動を行い、帰国した2000年以降は国内はもちろんのこと、欧米やアジア圏での個展も多数開催され、日本やアジアを代表するアーティストとなっている。また、音楽への造詣の深さと愛、さまざまなクリエーターとの協働、ポップ・カルチャーと現代美術というジャンルを超えた活動でも知られている。子ども、動物などが単純に抽象化され、デフォルメされて頻繁に登場する作品群は、親しみやすさと神聖さ、無邪気さと残酷さなど、一見相反する性格を共存させ、見る者の想像力を刺激する。近年では、穏やかで精神的な雰囲気を持つ肖像画も多数制作している。奈良作品の孤独な主人公たちは、弱くて正直であるが故に社会のなかで力を持たないものたち、辺境や境界で生きるものたちの代弁者であり、大人の心の片隅に生き続けている無垢な心の表象でもある。近年の個展に、ロサンゼルス・カウンティ美術館（2021-2022）、上海の余徳耀美術館（2022）などがあり、台湾の關渡美術館（2021-2022）での個展は高雄市立美術館、台南市美術館にも巡回した。

《Miss Moonlight》では、暗い背景のなかで神秘的に黄金色に輝く、目を瞑った少女の姿が描かれている。2020年に森美術館で開催された「STARS展：現代美術のスターたち―日本から世界へ」のために新たに制作され、その後、森美術館に収蔵された。「月光の少女」は、2000年代以降の精神的で静謐な雰囲気を持つ大型肖像画のなかでも、特に慈愛に満ちた優しい表情で、静かに祈りを捧げているかのようである。髪の毛がさまざまな色に輝いているのは、月光の効果であろう。本作の持つ精神性やある種の神聖さはマーク・ロスコの絵画にも通じ、その作品と対峙する体験は、自己の精神との対峙を促すとも言える。