2015年10月19日(月)

「皆婚」社会ベトナム――
「ディン・Q・レ展:明日への記憶」レクチャーシリーズ
第2回「結婚にみるベトナム社会のいま」レポート

グローバリズムの流れの中で大きく社会が変化しているベトナム。国際結婚によって海外へ向かうベトナム人女性も増えています。2015年9月26日(土)、ベトナムの社会・文化を研究する岩井美佐紀さんをお招きして、「結婚にみるベトナム社会のいま」をテーマに、台湾に嫁ぐベトナム人女性のケースを中心にお話を伺いました。


岩井美佐紀さん

「皆婚」社会ベトナム
ベトナムでは、挨拶代わりに「おいくつですか?」「結婚していますか?」「お子さんいますか?」という言葉が当たり前のように使われており、結婚することが常識の「皆婚」社会なのだそうです。しかし結婚後も女性は働くのが普通で、専業主婦は「稼ぐ能力のない女性」とみなされてしまうそう。家庭でも社会でも女性は重責を担っています。

グローバル化と国際結婚
東アジアに共通する、父系制社会および儒教的価値観をもつベトナム人女性は台湾で人気が高く、現在台湾には92,000人以上のベトナム人女性が台湾人男性と結婚して暮らしています。台湾では女性の高学歴化とともに農村部の男性と結婚する台湾人女性が減り、仲介業者を通しての国際結婚、いわゆるブローカー婚(2005年に禁止)が隆盛をきわめ、1990年代後半からベトナム人妻の人数が増えていきます。ベトナムの貧しい地域からグローバル・ハイパガミー(国際上昇婚)を求める女性と、台湾の「嫁不足」の利害が一致した現象なのです。

異文化の中での葛藤
しかし、実際には言葉や習慣の違いが障壁になり、差別的待遇を受けるなど、ベトナム人女性が厳しい状況に追い込まれるケースも少なくありません。DVや傷害事件に発展することもあります。また「報孝」(親孝行)はベトナム人にとってきわめて重要な考え方です。台湾で苦労しながらもそれを故郷の家族には隠し、親兄弟のために仕送りをして尽くす女性も多いのです。


レクチャーの様子

変化の兆し
国際結婚によって生まれた「新移民」の社会適応をサポートするために、台湾政府は2004年から2014年までの10年間、「外籍配偶者支援基金」プロジェクトを実施しました。NGOによる中国語レッスン、職業訓練、法律相談、交流会などのさまざまなサポートを通して、ベトナム人女性へのエンパワメントがなされてきました。自信をつけた女性も増え、台湾人も彼女たちからベトナム語を習うなど、新たな動きが始まっているそうです。

日本社会へのヒント
このような国際結婚は打算の産物なのでしょうか? 岩井さんは「結婚をある程度打算的に考えるのは日本人だって同じでは?」と述べています。新天地で自分の人生を歩み始めたベトナム人女性に岩井さんは希望を感じ、それをサポートする台湾の体制を評価しています。
 日本でも、国際結婚で日本に住むようになった女性やその子どもが社会から孤立するケースは少なくありません。彼女たちをあらゆる方向から援助する仕組みがもっと必要であることを強く感じます。
 「皆婚」社会で親孝行、貧しさの中で選択する国際結婚・・・。個人主義の進んだ現代の日本から見るとやや重苦しく感じられるベトナム社会ではありますが、台湾と同様に少子化、人口減少が加速する日本にはない「勢い」に気づかされます。私が昨年ベトナムを訪れた時に強く感じたのは、若者の人口の多さと彼らのエネルギーです。ホーチミンもサイゴンも若い家族やカップルであふれ、経済的豊かさとは別の、豊穣さと幸福感に満ちていました。結婚はおろか、恋愛にも関心がなく、ヴァーチャルな世界に浸る若者が増えている日本(これはこれで興味深い現象なのですが)とはきわめて強い対照をなしているのが印象的でした。
 ベトナムのような若々しく変化に富む社会に対してもっと開かれていくことによって、日本のような成熟期(衰退期?)を迎えた社会にプラスになることは多いはずです。岩井さんのお話は、そんなことに思いをめぐらせるきっかけとなりました。


岩井美佐紀さん(中央)と荒木夏実(右)
岩井さんのだんなさま(ベトナム人)と共に!

文:荒木夏実(森美術館キュレーター)
撮影:御厨慎一郎
 

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カテゴリー:03.活動レポート
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