2015年7月 8日(水)

現代アート×音楽の二重奏!
森美術館&日本フィルハーモニー交響楽団がコラボレーション
音楽ワークショップ「円相から演奏へ」レポート


日本フィルハーモニー交響楽団コミュニケーション・ディレクターのマイケル・スペンサー氏

「シンプルなかたち展:美はどこからくるのか」を舞台に、森美術館と日本フィルハーモニー交響楽団とのコラボレーションによる音楽ワークショップが開催されました。古今東西のさまざまな"形"が集められた本展の作品を音楽で表現したら? 熱気に包まれた当日の様子を振り返ります。

2015年5月12日の閉館後、音楽ワークショップ「円相から演奏へ」が開催されました。講師にお招きしたのは日本フィルハーモニー交響楽団コミュニケーション・ディレクターのマイケル・スペンサー氏です。タイトルに、「シンプルなかたち展」の出展作品である仙厓の《円相図》と「演奏」をかけ合わせているのは、同作品と同交響楽団5月定期演奏会で演奏された林光作曲《Winds》との関連性を示唆しています。


演奏に使用したさまざまな楽器

当日、会場には、さまざまな楽器が持ち込まれました。ワークショップの参加者たちは、ふだんから楽器に慣れている人ばかりではありません。演奏できるかな?と不安を感じていた人も、スペンサー氏から「好きな楽器を選んで、自分らしい音やフレーズを自由に奏でてみてください」と指示されて、皆さん思い思いに音を「つくり」始めます。
スペンサー氏は、彼らの音を聞き分けて、傾向の似ている人たちで6つのグループをつくり、このワークショップのテーマが、"「形・空間・時間」を探究する旅"であることを伝えます。


テーマの説明。このテーマからどんな音楽が作られていくのでしょうか。

彼は、1小節ごとに音の長さが決められている西洋音楽と、歌い手の息の長さが音の長さを決める民謡との違いについて説明しました。そして、浮世絵を通して東洋と西洋の意識の違いを紹介するなど、目には見えない風(Winds)と、かすれるような墨で描かれた《円相図》が表す宇宙や精神性との関係性を結び、参加者は東洋的な美意識を再認識することになりました。


ファシリテーターと作品を鑑賞します。

各グループのファシリテーターを務めたのは、オーケストラの舞台上で活躍されている日本フィルハーモニー交響楽団の団員の方々です。課題作品が与えられた各グループは展示室へ作品を観にいきます。どのグループも作品の周りを歩き、いろいろな角度から見ながら、熱心に対話を繰り広げていました。美術作品の背景には物語やコンセプトがあり、それを史実や知識によって紐解いていくのがひとつの鑑賞方法ですが、ここでの鑑賞は「もの」「かたち」「素材や質感」「動き」「空間」などの要素に自力で向き合うことから始まる鑑賞です。感覚を研ぎ澄ませ、皆で意見を交換する時間。驚くほど豊かな言葉や気づきが生まれていました。


グループごとにディスカッション。作品から音のイメージが生まれてきます。


作品のイメージを音にしていく作業。どんな音楽になるのか楽しみです。

展示室からワークショップ会場に戻ると、作品の前で共有したイメージを話し合って音に転換していきます。音のブロックを組み立てて曲作り。最後は円のかたちに座って全員で演奏。スペンサー氏の提案により指揮者なし、開始合図も終了合図もなし。全員が感覚を駆使し、「間」や他者の動きをも察知しなければなりませんが、そのことでより緊張感のある素晴らしい演奏が披露されました。全員の方が心から楽しんでくださっていることが伝わってくるような響きであり、美術作品から今ここで創り出された音楽であることが感動的でもあり、会場は一体感に包まれました。

ファシリテーターを務めた方々はどんな風に作品や参加者と向き合ったのでしょうか。各グループのプロセスを振り返った記述を一部、紹介します。

・グザヴィエ・ヴェイヤン《光線》 2015年
使用楽器:ウッドブロック、サウンドブロック
ある面から見ると直線、別の角度からだと曲線、横から見ると広い枠。(中略)音の感じは「交差する」。厳しさ、ゆるやかなイメージを、サウンドブロックを並べ並行や交差を表わした。高い音から低い音へ、あるいは音を交差させるなどの方法で。
(ヴァイオリン奏者 松本克己氏)

・長次郎《まこも》 安土桃山時代(16世紀)
使用楽器:ギロ、マラカス、サウンドブロック
表面はざらついていて柔らかいイメージ。濁った音を作ることにした。音の質感を問いながら、暖かいほんわかした感じを木琴を「さする」ことで表現した。 (チェロ奏者 江原望氏)


長次郎《まこも》
安土桃山時代(16世紀)
撮影:木奥恵三

・西川勝人《Physalis(ほおずき)》 1996年
使用楽器:鉄琴、トライアングル
光のあたり方でやわらかさが変化する。角度によって影も変わる。形や素材からくる光を、人が動くことによって変わることを、(演奏では)ぐるぐる回ることで表現した。
(打楽器奏者 福島喜裕氏)


西川勝人《Physalis(ほおずき)》
1996年
撮影:木奥恵三

・アニッシュ・カプーア《私が妊娠している時》 1992年
使用楽器:鍵盤ハーモニカ、リコーダー
わかりやすい作品、しかし、奥深い。音楽のイメージは丸、ふくらみ、つやを意識した。
(トロンボーン奏者 伊波睦氏)

・大巻伸嗣 《リミナル・エアー スペース-タイム》 2015年
使用楽器:リコーダー、オカリナ
作品のインパクトが大きく、一番参加者の気持ちが乗った。まさしく風。(中略)流れるようにたえず形が変わる。浮かびそうでゆるやかで、笛での表現にぴったりであった。
(ヴァイオリン奏者 本田純一氏、ヴィオラ奏者 中川裕美子氏)


大巻伸嗣《リミナル・エアー スペース-タイム》
2015年

・ヴォルフガング・ティルマンス《フライシュヴィマー(自由な泳ぎ手)212》 2012年
使用楽器:トーンチャイム
動きがあり、塊と余韻を感じる。(中略)細い音をランダムに重ねていき、シミのようなアクセントを足でどんと踏みならして表現。足踏みを合図に全員のトーンチャイムを一斉に鳴らし真ん中の塊を表した。
(チェロ奏者 大澤哲弥氏)


ヴォルフガング・ティルマンス《フライシュヴィマー(自由な泳ぎ手)212》
2012年
撮影:木奥恵三

誰も聞いたことのない、ここで生まれた響きを想像していただけるでしょうか。


最後はグループごとに発表。作品のイメージはうまく表現できたでしょうか。

本ワークショップは、美術と音楽の世界へ近づくきっかけであるとともに、ジャンルの境界線を越える実験でもありました。学校の勉強も社会も、あらゆる分野は便宜上分断されていて、私たちは異分野の世界と距離を置いてしまいがちです。しかし、大人は経験上知っています。さまざまな分野の知識や知恵、経験を統合しながら日々を生きていることを。また、文化や芸術はとりわけ広い世界と繋がっていることを。ものごとを横断的に捉えて無邪気に楽しんだりチャレンジしたりする姿を、私たちは次世代を生きるこどもたちにもっと見せていくべきかもしれません。
美術の鑑賞についても一般的な考え方をぐらりと揺るがすインパクトがありました。コンテクストからひととき解放される作品たち。密度の濃い対話を通して作品を感じ、楽器を手にした参加者たちの感覚は拡張し、体験は言葉ではなく音になり、演奏された瞬間に消えていってしまいました。音楽や演劇などのライブ・パフォーマンスのように、この創作体験は身体の記憶に長く残ることになるでしょう。このような学びの機会を今後も探究していけたらと思っています。

文:森美術館エデュケーター 白濱恵里子
撮影:御厨慎一郎 (長次郎《まこも》、西川勝人《Physalis(ほおずき)》、ヴォルフガング・ティルマンス《フライシュヴィマー(自由な泳ぎ手)212》は除く)

*本企画は、日本フィルハーモニー交響楽団第670回定期演奏会とのコラボレーション企画として開催されました。日本フィルハーモニー交響楽団「音楽創造ワークショップ」のページも併せてご覧ください。
http://www.japanphil.or.jp/

*森美術館の展覧会を題材とした音楽ワークショップが初めて開催されたのは、2011年「フレンチ・ウィンドウ展」でした。こどもたちがマルセル・デュシャンを始めとする美術作品に触発されながらジョン・ケージの「偶然性の音楽」に挑戦した様子も、ぜひブログレポートでご覧ください。
 

<関連リンク>

・森美術館
「シンプルなかたち展:美はどこからくるのか」
「MAMコレクション001:ふたつのアジア地図―― 小沢剛+下道基行」
「MAMスクリーン001:ビル・ヴィオラ初期映像短編集」
「MAMリサーチ001:グレイト・クレセント 1960年代のアートとアジテーション――日本、韓国、台湾」
会期:2015年4月25日(土)-7月5日(日)

展示風景「シンプルなかたち展:美はどこからくるのか」

カテゴリー:03.活動レポート
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