2010年2月15日(月)

保存修復は「観て」「判断」:森美術館コンサヴァターの仕事


「アイ・ウェイウェイ展」展示作業中の風景

みなさま、作品の保存修復をする「コンサヴァター」ってどんなイメージですか?
前回は、メンバーイベントで森美術館のコンサヴァターが「医学と芸術展」の作品保護について紹介した、展覧会ツアーの模様をお届けしました。

今回は、その担当者の相澤に、仕事の裏側について聞きながら、さらにコンサヴァターの仕事に迫ります。

――美術館の仕事といえば「キュレーター」(学芸員)を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。「コンサヴァター」はあまり知られていません。そこでまず、この仕事に出会ったきっかけを聞いてみました。

相澤:大学時代、学芸員課程で知ったのが最初です。文学部だったのですが、美術館にとても興味があったし、学芸員っておもしろそうだなと思っていたので、学芸員資格をとるためにその課程をとったのです。そこで初めて、コンサヴァターという保存・修復の仕事があるということを知りました。

その課程の中で学芸員実習を美術館で受けていたとき、学芸員の方から「展示替え作業を手伝いに来て」と誘われました。バイト代も払ってくださるというので、実習終了後にアルバイトで美術品輸送・展示業者さんに混じって作品展示の仕事をするようになりました。そのとき学芸員の方が、修復家と額縁屋さんを紹介してくださったのです。その方たちのお話がおもしろくて夢中になって聞いていたら、「興味があるなら手伝いに来ない?」と、またそれぞれの方が誘ってくだいました。それで今度は修復工房と額装の仕事を手伝うことになったのです。

――コンサヴァターという仕事をするうえで、一番大切なことを聞いてみました。

相澤:一番大切、というのはすごく難しいのですが、ひとつにはアートや芸術に対する認識、あるいは一対一になったときの美術品に対する認識......「観ること」「眼の力」でしょうか。作品を観ておもしろさや良さを感じるだけでなく、作品の背景について、社会的なことも含めて観ること、あるいは観ようとすること。修復の仕事はそこからはじまるので、観るというのが一番大事なことのひとつだと思います。

そして「判断する」ということ。作品と向き合ってきちんと観たうえで、例えば処置をするのか、しないのか。するのであれば、どう処置するのか。その処置をどこで終わりとするのか。判断を誤ると、取り返しのつかないことになりかねません。

私の場合は「アートって何だろう」ということがそもそも最初に抱いた疑問であると同時に、この世界に入ったきっかけでした。「アートは趣味の世界で、好きな人は好き、わかる人だけわかる、余暇の道楽みたいなものなのか。でも古いものが残されて今も存在するということは、やはり大事なものなんじゃないのか。でなければ大金を使って、多くの人の手を借りて、例えばわざわざ海外から日本に運んで展示するわけがない。戦争、福祉、教育、貧富の差など、世の中には様々な問題がある中で、アートって一体何だろう」という疑問です。

それから社会と人に対する認識も重要だと思っています。先史壁画、土器、土偶、あるいは科学も「観ること、つくること」から生まれたものではないでしょうか。美術品は人間だからつくれるもの。コンサヴァターは、一面においてそういう人間にしかないものを守っていく仕事かもしれないな、と思うときがあります。単にモノを直すという話ではありません。保存・修復に関する専門的な技術と知識はとても重要ですが、それだけでは対応できないことがたくさんあるように思います。

作品がなぜ在るのか、それを美術館でなぜ展示するのか、そうしたことをいつも考えています。もちろん、作品の保存のためになるべくいい環境を整えることは重要なのですが、保存を重視するあまり、厳重に収蔵庫に保管して展示の機会を失ったり、必要以上にケースに入れて展示したりするのは、私は違うのではないかと思うのです。すべては"観て"わかることだから、美術品は"観る"ことができなければいけないと思います。

――相澤は、この仕事は「怖い」と言います。初めて修復したときに感じた「怖さ」を今も持っていて、「自信」などないと言うのです。それはなぜでしょうか。

相澤:そんなことで自信を持つべきではない、と思っています。今まで大丈夫だったからといって、次も大丈夫とは限りませんから。うぬぼれては絶対にいけないし、過信も慢心も仕事を妨げます。全く自信がなくて取り乱すようではいけませんが、自信がないからこそ事前準備であらゆるシミュレーションができるように思います。

責任が大きく、キリキリする思いばかりで怖い仕事ですが、それでも私にとってはとてもおもしろい仕事です。達成感は大きいし、やりがいもあります。


撮影:御厨慎一郎

――最後に、こんな質問をしてみました。展覧会でみなさんに、コンサヴァターの仕事に気づいてほしい?

相澤:わからなければ、わからないで全く構いません。仮にそれが「保存と修復展」のような展覧会なら別ですけど(笑)。まずは作品を楽しんでほしいので、一つひとつの作品をちゃんと観てもらえれば、うれしいですね

私には、美術館は社会とアートをつなぐ場所だと考えています。だからみなさまに、気軽に来て楽しんでいただきたいと思っています。アートに敷居の高さを感じている方もいらっしゃると思いますが、現代においては、アートはとても身近なものです。例えば、美術館は誰に対してもオープンな場所です。観て「わかる、わからない」というよりも、「おもしろい」と感じていただければうれしいです。アートに触れることで豊かになることがきっとたくさんありますから、ぜひ気軽に遊びに来てください。

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