2016年11月15日(火)

仏教美術から現代アーティストの制作現場、そして宇宙観まで――
トークセッション「芸術のなかの宇宙観」レポート

様々なイベントが行なわれている「宇宙と芸術展」。10月4日(火)には東北大学教授で仏教絵画史の専門家である泉武夫氏、展覧会出品作家の向山喜章氏、前田征紀氏、また、空海から現代アートまで造詣の深い高松市美術館館長で京都大学名誉教授でもある篠原資明氏の4名をお迎えして、「芸術のなかの宇宙観」と題したトークセッションが行われました。
仏教美術史から現代美術史、アーティストの制作の現場まで、幅広い視点が行き交うじつに宇宙的な夜となりました。


会場の様子

泉氏からは「仏教美術の宇宙的モチーフ」というテーマのもと、人々がどのように宇宙を表象してきたかについてお話しいただきました。中でも、現在の新疆ウイグル自治区にある7世紀ごろの仏教寺院遺跡群、キジル石窟にはすでに宇宙的なモチーフを見ることができるというお話からは、いかに昔から人々が宇宙という未知の空間に関心を抱いてきたかということがよくわかります。キジル石窟の天井部分、天空にあたる位置には小さな宇宙が描かれており、釈迦の入滅のあと、未来の仏の姿である弥勒菩薩へと救済の希望が託されていくという、仏教の空間と時間把握のコンセプトが隠されているそうです。我々が生きる宇宙という巨大な空間の縮図を、当時の人々の価値観から端的に表したものといえるでしょう。また、「宇宙と芸術展」でも展示されている両界曼荼羅は、金剛曼荼羅と胎蔵曼荼羅のふたつから成り、どちらも超越的な仏である大日如来が中心に据えられています。仏教的な空間の宇宙像が現れており、これも一種の宗教的な観点からつくられた宇宙図といえるものとのこと。その他にも敦煌の壁画や熊野観心十界図、東大寺盧舎那仏像蓮華座線刻図、白隠の円相図などについてもわかりやすく解説されました。


泉武夫氏

今回、「宇宙と芸術展」に《Sanmon GCC - yupotanjyu + nupotanje》を出品している向山喜章氏は、お祖父様が高野山の寺院なども手掛ける大工さんだったそうです。幼いころから高野山に慣れ親しんだ向山氏は、お祖父様のものづくりへの静かな姿勢、普遍的な感性を学び、それが現在の作品制作にも息づいているといいます。また、本質は不可視の中にこそあるのだということを、現在でも高野山奥の院の霊廟において禅定を続けているとされる空海の存在から学び、ワックスという素材も、高野山で使用されている蝋燭の灯りをきっかけに関心を抱いたとのこと。向山氏の宗教的、宇宙的な原体験がいかに作品制作と結びついているかがよくわかります。
「宇宙と芸術展」への出品作である《Sanmon GCC - yupotanjyu + nupotanje》は、向山氏自身が月輪観という真言密教に伝わる瞑想を行ったときの体験を基に作られました。「半眼で満月を見つめ、心の中の満月をだんだんと大きく広げていき、自らと一体化して体内にもきらめく月光が宿る、体内宇宙の記憶を呼び起こすような体験でした」。祈ることと作品の制作は、自分にとっては同じであるとの向山氏のお話に、こうした古来の宇宙体験が、現代美術の中にも確かに息づいているということを感じました。


向山喜章氏

同じく出品作家の前田征紀氏は、《ECHOS》という映像作品を展示されています。4枚のパネルが、4方向からの光の加減によって、空間に映り込む姿がかわっていく姿を捉えたものです。オーストリアの哲学者・神秘思想家ルドルフ・シュタイナーの考えを基に、精神界や四大元素を思わせる4つのパネルによって根源的な世界観を表したのが本作です。また、近年のプロジェクトとして、島根県立石見美術館にて「お水え――いわみのかみとみず」という作品を、自身の主宰するファッションとアートのオーガニゼーション、COSMIC WONDERと工藝ばんくす舎のプロジェクトとして発表されました。島根県には龍や蛇などに関する祭事が多く残っており、前田氏はそこに原始と古代の空気を感じたそう。そこで龍を力で抑えるのではなく、龍を解放して水を与えるという儀式をパフォーマンスの形で発表しました。太古の人々は、宇宙、自然の脅威といった自分たちの理解を超えた存在を龍や蛇などの姿として与えました。


前田征紀氏

そうした人間と宇宙、そして宗教との関係について、篠原資明氏が「キャラクター」という言葉を使って非常にわかりやすく解説してくださいました。人間は、自らも宇宙の一部分ではありますが、途方もなく大きい宇宙を目の前にして、一体どうしたら良いかわからなくなり、その存在や現象をキャラクター化(神格化ないしは尊格化)しました。そうすることで巨大な恐怖の対象の全体像をつかむことができると考えたのではないでしょうか。人々は様々なものを恐れるので、神々は増殖の一途をたどります。それに対する苛立ちから生まれたのがキリスト教に代表される一神教のあり方です。一方、神々を増えるにまかせてしまうと宗教としての安定性を欠くので、それを整理する目的で生まれたのが曼荼羅なのではないでしょうか、と語られました。また、篠原氏にはイヴ・クライン、河原温、ヤノベケンジなどを例に、現代美術に見られる宇宙観、宗教観についてもお話をしていただきました。


篠原資明氏

4名の刺激的なプレゼンテーションのあとは、和気あいあいとした雰囲気の中ディスカッションが行われました。


ディスカッションの様子

中でも本展覧会キュレーターである椿からの「最新の科学が解明した宇宙像がどのように我々の宇宙観に影響をあたえるか」という質問への回答は非常に印象的で、篠原氏が「科学の視点から見る宇宙は、生成変化をピン留めして測定していますが、そうすると動きがなくなり、生ける存在を正確に捉えられない部分があります。自分も、宇宙も等しく無常であるということにグッとくる気持ちを大切にしたい」とお話された一方、泉氏は「空想科学的なものやSF小説が大好き、はやぶさの帰還も涙を流して見ていました」とのこと。今回のトークセッションは、「宇宙と芸術展」のセクション1のテーマである「人は宇宙をどう見てきたか?」という問いに対する回答への大きなヒントになったのではないかと思います。篠原氏、泉氏の最後の質問への答えからもわかるように、宇宙観をどのように捉えるかは千差万別ですが、宇宙に対する人間の畏怖の感情は、太古の昔から現代に至るまで、決して変わることがありません。それが常に人間の死生観や大きな憧れと結びついてきたという事実に、大きな感動を覚える非常に貴重な会となりました。


左から:前田征紀氏、向山喜章氏、篠原資明氏、泉武夫氏、椿玲子(森美術館アソシエイト・キュレーター)

文:熊倉晴子(森美術館アシスタント・キュレーター)
撮影:御厨慎一郎
 

<関連リンク>

宇宙と芸術展:かぐや姫、ダ・ヴィンチ、チームラボ
会期:2016年7月30日(土)-2017年1月9日(月)
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「宇宙と芸術展」トークセッション「知と宇宙観をめぐる旅」レポート

カテゴリー:03.活動レポート
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