2015年8月20日(木)

ディン・Q・レとモイラ・ロス――ふたりのダイアローグ
「ディン・Q・レ展:明日への記憶」アーティストトーク レポート

7月25日(土)に開幕となった「ディン・Q・レ展:明日への記憶」(~10月12日まで)。展覧会オープン当日に行われたアーティストトークでは、ディン・Q・レ本人自身と彼の長年の友人である美術史家のモイラ・ロスが、ディンのこれまでの制作活動や出品作について語ってくれました。


ディン・Q・レ

ディン・Q・レは1968年、ベトナムのハーティエンに生まれ、1978年、彼が10歳のときにカンボジア共産党(クメール・ルージュ)のポル・ポト派の侵攻、およびベトナム共産党政権の圧政から逃れるために家族と共に故郷を離れました。難民キャンプで約1年を過ごし、アメリカのカリフォルニアへ移住、その後カリフォルニア大学サンタバーバラ校でメディアアートを学んだディンに対し、モイラ・ロスは1933年、ロンドンで移民の両親のもとに生まれ、50年代後半からアメリカに住むようになりました。
トークでも話題にあがりましたが、ふたりの交流が始まったのはさかのぼること15年前。それ以降、ときには長いEメールのやりとりをしたり、ディンの住むベトナムや旅先にモイラが訪れて話すなど、友情が続いてきたそうです。


モイラ・ロス氏

本展の開催が決まり、様々な準備を進める中で展覧会カタログに寄稿してもらいたい人としてディンの口から最初に名前が挙がったのがモイラでした(8月に出版予定の展覧会カタログをお楽しみに!)。そして展覧会の開幕が近付くと、森美術館のもとに、「モイラがオープニングにあわせて、ぜひ日本にお祝いに来たいといっている」との話があり、今回のアーティストトークにモイラが参加する形でコラボレーションが実現したのです。

ディンが大学在学中に制作した《ベトナム戦争のポスター》から始まり、15年に渡るふたりのEメールから抜粋されたディンの言葉を引用しつつ、モイラの進行のもと、彼の作品や制作背景、そして当時の思い出など、多岐にわたるトークが繰り広げられました。

"My Memory of the Vietnam war comes from three different sources. Personal memory as a child growing up in Vietnam... Then [after moving to America] out of curiosity and the need to understand this event that... had a major impact on my life and my family, I started to read about it, do research about it, look at documentary footage, documentary photos during the Vietnam war... The third set of memories comes from Hollywood movies... Apocalypse now and Platoon... So my memory today is a merging between facts and fiction." (2006)
「私のベトナム戦争の記憶は3つから成り立っているんだ。ひとつは幼い頃ベトナムで暮らしていた頃の記憶・・・もうひとつはアメリカに渡った後、純粋な興味と、私や家族に影響を与えた事柄を理解したいという気持ちから、たくさん本や資料を読んでリサーチをして、ベトナム戦争時代のドキュメンタリーを観たり、報道写真などを調べたこと・・・そして3つ目はハリウッド映画から・・・『地獄の黙示録』や『プラトーン』・・・だから今私にある記憶というのは事実とフィクションが組み合わさったものなのかもしれない。」(2006年)


「ディン・Q・レ展:明日への記憶」展示風景 ※

10歳で祖国ベトナムを離れ、突然環境ががらりと変わり、その後アメリカで教育を受けたディンのこの言葉は、彼の制作においてとても重要なことに思えます。

また、今年に入ってふたりが交わしたEメールの中にあった言葉も紹介されました。

"I hope what I have done over the years is about the human condition and not just about the Vietnam War." (2015)
「私が長年にわたって行ってきたことは、ベトナム戦争についてだけではなくて、人間のありようについてのものだと思いたい。」(2015年)

本展のために制作された新作《人生は演じること》についても話は及び、本作を制作したきっかけとして、ディンは「ここ数年の日本と隣国を取り巻く現状、第二次世界大戦、各国によって語られる史実、そしてその時代を生きた人々にも興味があった」と語りました。

また、質疑応答では観客席からあった「(新作《人生は演じること》をふまえて)今後日本をモチーフとした作品の構想やアイディアはありますか?」という質問に対し、「今、具体的な案があるわけではないのですが、東日本大震災から5年が経つ来年再来日の予定があり、その際には津波の影響を受けた地を訪れたいと思っています。」と回答。


会場の様子

会場が満席になるほど多くの皆さまにご参加いただき、「ディン・Q・レ氏の人柄が良く伝わって素晴らしい体験でした。」(40代・女性)とのお声もいただきました。
そして、なんとトーク前日の7月24日はモイラの82歳のお誕生日でした!24日は本展の内覧会だったのですが、モイラはこっそり「今日はディンの晴れ舞台だから、私のお誕生日だっていうことは内緒よ」と言っていました。開幕当日のこの日、1時間半に渡るトークと質疑応答が終わったところで最後にディンがふとマイクを握り "Can we sing Happy Birthday to Moira?" 「モイラに向けてバースデーソングを歌いませんか?」という掛け声とともに、トークにご参加いただいたお客さまとバースデーソングをモイラに贈ることができました。作品への理解を深めることができただけでなく、非常に心温まる素敵なアーティストトークとなりました。


左から:荒木夏実(森美術館キュレーター)、ディン・Q・レ、モイラ・ロス

文:吉田彩子(森美術館アシスタント・コーディネーター)
撮影:御厨慎一郎
※のみ 撮影:永禮 賢
 

<関連リンク>

ディン・Q・レ展:明日への記憶
会期:2015年7月25日(土)-2015年10月12日(月)

カテゴリー:03.活動レポート
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