森美術館「ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡」関連のパブリックプログラムとして、レクチャー「ル・コルビュジエの絵画世界」が開催されました。 まず展覧会の背景を、森美術館館長の南條史生が説明。2007年がル・コルビュジエ生誕120周年にあたること、来年にはル・コルビュジエ財団が世界に点在するル・コルビュジエの重要な建築を世界遺産に登録しようという動きがあること、森美術館創始者である森稔がル・コルビュジエ作品を長年コレクションしてきたこと、が述べられました。 レクチャーは、山名善之氏が「ピュリスム絵画と白い住宅」、林 美佐氏が「ピュリスム以降の絵画と建築」というタイトルで行われました。
山名氏は、パリに出てきてからの1920年代のル・コルビュジエの絵画と、同時期に設計された白い住宅の数々との関わりについて考察しました。1917年にスイスの田舎町からパリに出てきたル・コルビュジエは、画家のアメデエ・オザンファンと出会います。彼の影響を受け、構成的な「ピュリスム」(purism<pure=純粋)という様式を提唱し、絵画の実験に打ち込みました。1918年の絵画《暖炉》は、不思議な四角い立体が描かれており、あたかも近代建築の原イメージを暗示するような作品です。1920年にはオザンファンと、雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』(1920-24)を発刊し、誌上で絵画や建築,都市に関するさまざまなアイデアを発表しました。しかしやがてル・コルビュジエは独自により自由で、色彩の豊かな様式へと向かうことになります。ル・コルビュジエは、レスプリ・ヌーヴォーの編集や、絵画活動を通して、実験的な芸術活動に理解の深いパリの美術界の人々から住宅の注文を受けることになりました。
後半は、今回の展覧会のために森美術館とキャドセンターが製作した山名氏監修の映像「PLAN LIBRE/ル・コルビュジエ 4つの白い住宅―絵画+時間=建築」を上映しながら、白い住宅に関しての、絵画と建築との関係が視覚的、直感的にわかりやすく解説されました。建築空間の中を動いていくと、それぞれのシーンがピュリスム絵画のように展開して、その平面構成の重なりの中でひとつの建築的空間を体験することになります。その体験的な空間こそがル・コルビュジエの言う「建築的プロムナード」ということでしょう。 ル・コルビュジエは、午前中にアトリエで絵を描き、午後は設計の仕事をするという生活を毎日、繰り返していました。「絵画」と「建築」というこのふたつの行為(フランス語でjeu=遊び)を繰り返しながら、自分のポエジーを探していたのではないでしょうか。
一方、林氏は、ピュリスム以降の絵画の特徴を、建築と比較しながら細かく分析しました。1925年頃ピュリスムが終焉を迎えると、ル・コルビュジエの絵は徐々に変化して行きます。まず、描かれる対象が膨らんでくるということ。膨らみにあわせて曲線的な表現が始まります。また、骨や石や貝殻などの詩的なオブジェをモチーフとしてくり返し描いています。異なったモチーフの出会いから生じるポエジーは、シュルレアリスムの詩学との関連をうかがわせます。30年代になると、素材感をそのままあらわすような絵へと大きく変化します。建築でも、細胞の集まりのような石積の壁など、木や石などの自然素材を多用する作品が見られるようになります。
1920年代末から1940年代にかけて女性が繰り返し描かれています。当初はたくましい姿で描かれていたが、30年代後半になると柔軟な表現となります。そしてこの柔らかい曲線がル・コルビュジエの建築に反映されていきます。比較してみると、絵画に見られる曲線がそのまま建築にあらわれてくるのがよくわかります。戦後の作品は、柔らかい曲線の延長線上にあり、色彩もはっきりとした色に変わってきます。線と無関係に色の大きな面が置かれたり、牡牛や開いた手といったオリジナルのモチーフが多くなるといった特徴もみられます。油絵以外の手法も用いるようになり、表現の幅も広がりました。後期のル・コルビュジエの絵画は、はっきりとした色づかいと単純な構成が大きな特徴です。また、音からの連想で作られた「音響的な作品」や、同じモチーフの変形(メタモルフォーズ)といった特徴もみつかります。
ル・コルビュジエの作品全体に言えることですが、構築的な構図に事物の配置を収めているので、柔らかな曲線で描かれているにもかかわらず堅固な印象を与えています。比例、バランスを考えていく過程で、人間の身体から発想を得た「モデュロール」というコルビュジエ独自の尺度がうまれますが、この「モデュロール」という尺度が、作品に音楽的な効果をあげています。また、視線が上下左右に、一筆書きのように誘引される絵画構成になっているのは、「建築的プロムナード」の考えに重なります。後期には、上へと向かう浮遊するような視線の動きとなっていきます。
最後に、山名氏、林氏、南條の3名によるディスカッションが行われました。「ル・コルビュジエは、本当は何になりたかったのでしょうか」という問いに、「ル・コルビュジエは建築という絵画を描いていたのではないか」と山名氏が述べます。「キュビスム、ピュリスムに理解のある施主が発注していたので、まさにピュリスム絵画を描くように住宅をつくっていくことができたのではないかでしょうか」。 初期のル・コルビュジエの建築はなぜ白かったのか。ル・コルビュジエは、外壁を白いキャンバスとして想定したのではないか。空間デザインをするはずの建築家であるル・コルビュジエの彫刻が、平面的な印象をあたえるのはなぜか。逆に言うとやはりル・コルビュジエの建築はやはり絵画なのか。など、ル・コルビュジエにおける絵画というものの意義が問われました。また、「ル・コルビュジエが生きていたら、今の新しいライフスタイルは何かということを考えて建築をつくったのでは」という発言もありました。
ル・コルビュジエの世界は、建築と絵画とが行ったり来たりしてできている。それらは彼が毎日繰り返した午前中の絵画制作と午後の建築設計のようにいつも繰り返すものであり、どちらを抜きにしてもル・コルビュジエのポエジーを理解することはできない。そう実感することのできる示唆に富むレクチャーでした。